ふたつ名の令嬢と龍の託宣
【第11話 辺境の砦】
ガラガラと車輪の回る音に、意識が浮上する。はっと見上げた先にジークヴァルトの青い瞳があった。じっと見つめ合って、ひと声出す前にのどの渇きが湧き上がる。
そのタイミングでジークヴァルトが水差しからグラスに水を注いだ。それに口をつけようとしたところを、リーゼロッテは咄嗟に制した。
「自分で! 自分で飲みますから、わたくしにグラスをくださいませ」
昨日のように、口移しで飲まされてはたまったものではない。このまま放置すると、それが標準で当たり前のことになってしまう。強めの語調で言うと、ジークヴァルトは渋々といった感じでグラスを手渡してきた。
(こういった夫婦のルール作りは、初めが肝心なのよ)
受け取ったグラスを、ジークヴァルトは手を添えて支えたままにしている。さほど揺れない馬車の中ではこぼしたりしないというのに、夫婦となってから過保護ぶりがさらに悪化していた。
空になったグラスを返すと、ジークヴァルトが問うてくる。
「まだ飲むか?」
「いいえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「ああ」
そこですかさず頬に伸びてきた手が、この顔を上向かせる。
「昨日の! 昨日のようなことを馬車でなさるのでしたら、わたくしもうお膝の上には乗りませんから!」
何事も先手必勝だ。口づけられそうになる前に、再び強めに言った。頬を膨らませて、怒っていますアピールも忘れない。
ぐっと口をへの字に曲げて頬から手を離したジークヴァルトに、ほっと安堵のため息をついた。馬車に乗るたびあんなことをされていたら、この身がもたないのは目に見えている。
「髪に……」
「え?」
「髪に触れるのも駄目か?」
ふいに言われてぽかんと見上げる。髪の毛など、これまでさんざ好きに触られてきたのだ。今さら改めて聞かれるのもおかしな気分だ。
「髪くらいだったら大丈夫ですわ」
「そうか」
ほっとしたように頭に手が伸びてくる。髪を絡めながら、長い指がゆっくり滑っていくのが心地よくて、リーゼロッテは広い胸に頬を預けた。
「泉での神事は婚姻のためのものだと、ヴァルト様は初めから知っていらしたのですか?」
「ああ」
「それならわたくしにも、前もって教えてくださってもよかったのに」
拗ねたように言うと、ふっと笑われた。
「教えるも何も、勅命書にそう書いてあっただろう?」
「えっ? そう……だったのですか?」
堅苦しい言い回しをろくに確認せずに、大体そんな感じで済ませてしまった自分を悔やむ。こうなれば自分以外の人間は、この旅が婚姻のためのものであると認識していたということだろう。
しばし呆然としていると、髪を絡めたままの手が耳の辺りでふと止まった。
「口づけるのは……」
「え?」
「馬車で口づけるのは駄目か?」
じっとみつめられ、頬がかっと熱を持つ。
「く、口づけだけなら……」
恥ずかしくて視線をそらすと、すかさず顎をすくわれた。
啄むキスはすぐに深いものに変わっていった。後頭部を押さえられ、舌がまさぐるように奥へと侵入してくる。
「んふっ、ぅんん」
胸を押すも、どんどん顔を上向かされてしまう。自分が思っていたライトな口づけには程遠くて、やめさせなくてはと思ったときには、もはや手遅れだった。口の端から唾液が零れ落ち、気づくと椅子の上に押し倒されていた。
歯列の表と裏から頬の内側、顎の上にいたるまで、丹念に舐め上げられる。真上からのキスは少し乱暴で、それでも逃げ場がなくて、どうしようもないくらいに気持ちがよくなってしまう。
しばらくののち、唇が離された。唾液の橋が伝い、その先で熱のこもった青い瞳が自分を見下ろしている。酸素を求め大きく息を吸い込むと、再び口づけが降ってきた。
「ぁっは……ヴァルトさま、もう……」
顔を背けてどうにか回避すると、今度は耳に、首筋に、次々と唇が落ちてくる。
「ぁ……ン、それは駄目……」
「駄目か?」
「だってそれ、口づけじゃ、な……」
ちゅっちゅと落とされ続ける唇は、もう胸元に届きそうだ。
「いや、これは口づけだ。何も口にするだけとは言ってない」
「そんな、っぁん!」
ジークヴァルトがいきなり服の上から胸を吸ってきた。舌先でつつかれて、湿った布の輪郭に、硬くなった乳首の形が浮き出してくる。
「やっ、それ絶対にくちづけじゃな……ぁあんっ」
「先ほど口に同じことをした。どう考えても一緒だろう」
「ぜんっぜん、いっしょじゃなぁあい……っ!」
結局は馬車が止まるまでジークヴァルトの暴走は止まらず、とてもひとには言えないところにまで、口づけられてしまったリーゼロッテだった。
そのタイミングでジークヴァルトが水差しからグラスに水を注いだ。それに口をつけようとしたところを、リーゼロッテは咄嗟に制した。
「自分で! 自分で飲みますから、わたくしにグラスをくださいませ」
昨日のように、口移しで飲まされてはたまったものではない。このまま放置すると、それが標準で当たり前のことになってしまう。強めの語調で言うと、ジークヴァルトは渋々といった感じでグラスを手渡してきた。
(こういった夫婦のルール作りは、初めが肝心なのよ)
受け取ったグラスを、ジークヴァルトは手を添えて支えたままにしている。さほど揺れない馬車の中ではこぼしたりしないというのに、夫婦となってから過保護ぶりがさらに悪化していた。
空になったグラスを返すと、ジークヴァルトが問うてくる。
「まだ飲むか?」
「いいえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「ああ」
そこですかさず頬に伸びてきた手が、この顔を上向かせる。
「昨日の! 昨日のようなことを馬車でなさるのでしたら、わたくしもうお膝の上には乗りませんから!」
何事も先手必勝だ。口づけられそうになる前に、再び強めに言った。頬を膨らませて、怒っていますアピールも忘れない。
ぐっと口をへの字に曲げて頬から手を離したジークヴァルトに、ほっと安堵のため息をついた。馬車に乗るたびあんなことをされていたら、この身がもたないのは目に見えている。
「髪に……」
「え?」
「髪に触れるのも駄目か?」
ふいに言われてぽかんと見上げる。髪の毛など、これまでさんざ好きに触られてきたのだ。今さら改めて聞かれるのもおかしな気分だ。
「髪くらいだったら大丈夫ですわ」
「そうか」
ほっとしたように頭に手が伸びてくる。髪を絡めながら、長い指がゆっくり滑っていくのが心地よくて、リーゼロッテは広い胸に頬を預けた。
「泉での神事は婚姻のためのものだと、ヴァルト様は初めから知っていらしたのですか?」
「ああ」
「それならわたくしにも、前もって教えてくださってもよかったのに」
拗ねたように言うと、ふっと笑われた。
「教えるも何も、勅命書にそう書いてあっただろう?」
「えっ? そう……だったのですか?」
堅苦しい言い回しをろくに確認せずに、大体そんな感じで済ませてしまった自分を悔やむ。こうなれば自分以外の人間は、この旅が婚姻のためのものであると認識していたということだろう。
しばし呆然としていると、髪を絡めたままの手が耳の辺りでふと止まった。
「口づけるのは……」
「え?」
「馬車で口づけるのは駄目か?」
じっとみつめられ、頬がかっと熱を持つ。
「く、口づけだけなら……」
恥ずかしくて視線をそらすと、すかさず顎をすくわれた。
啄むキスはすぐに深いものに変わっていった。後頭部を押さえられ、舌がまさぐるように奥へと侵入してくる。
「んふっ、ぅんん」
胸を押すも、どんどん顔を上向かされてしまう。自分が思っていたライトな口づけには程遠くて、やめさせなくてはと思ったときには、もはや手遅れだった。口の端から唾液が零れ落ち、気づくと椅子の上に押し倒されていた。
歯列の表と裏から頬の内側、顎の上にいたるまで、丹念に舐め上げられる。真上からのキスは少し乱暴で、それでも逃げ場がなくて、どうしようもないくらいに気持ちがよくなってしまう。
しばらくののち、唇が離された。唾液の橋が伝い、その先で熱のこもった青い瞳が自分を見下ろしている。酸素を求め大きく息を吸い込むと、再び口づけが降ってきた。
「ぁっは……ヴァルトさま、もう……」
顔を背けてどうにか回避すると、今度は耳に、首筋に、次々と唇が落ちてくる。
「ぁ……ン、それは駄目……」
「駄目か?」
「だってそれ、口づけじゃ、な……」
ちゅっちゅと落とされ続ける唇は、もう胸元に届きそうだ。
「いや、これは口づけだ。何も口にするだけとは言ってない」
「そんな、っぁん!」
ジークヴァルトがいきなり服の上から胸を吸ってきた。舌先でつつかれて、湿った布の輪郭に、硬くなった乳首の形が浮き出してくる。
「やっ、それ絶対にくちづけじゃな……ぁあんっ」
「先ほど口に同じことをした。どう考えても一緒だろう」
「ぜんっぜん、いっしょじゃなぁあい……っ!」
結局は馬車が止まるまでジークヴァルトの暴走は止まらず、とてもひとには言えないところにまで、口づけられてしまったリーゼロッテだった。