ふたつ名の令嬢と龍の託宣
番外編 次会うときは
「エーミール様、今日から長期休暇っすか?」
「ああ、ジークヴァルト様が旅から戻られた。祝いの言葉は直接お伝えしたくてな」
「妖精姫も人妻かぁ……公爵様、うらやましいなぁ。オレもあんな可愛い奥さん欲しい……。あっ、エーミール様、そこまで送りますって」
だらしがない顔のニコラウスを置いて、さっさと歩き出す。近くにいた平民出の騎士たちが、すれ違いざまに薄ら笑いを浮かべてきた。
「グレーデン殿はお母様が恋しくて、お家に里帰りですかぁ?」
「そのまま帰ってこないなんてこと、ないですよねぇ?」
下卑た笑いの横を素通りする。他人をこき下ろすことでしか自分の価値を保てない、無能な奴らの戯言だ。いちいち相手にするのも馬鹿らしい。
大公バルバナスが率いる砦の騎士団は、平民が大多数を占めていた。貴族だからといって優遇されることはない。
(実力主義だというのなら、力を示し屈服させるまでのこと)
リーゼロッテを神殿から奪還した時点で、すぐに抜けるつもりだった。だが尻尾を巻いて逃げ出したと言われるのもしゃくに思えて、ずるずると騎士団に在籍し続けているエーミールだ。
粗野な騎士たちに囲まれる生活は、不快に思うことの方が正直多い。だがそんな屈強な男たちを、無様に打ち負かしたときの爽快感は悪くはなかった。任務をそつなくこなせば、周囲の評価も上がる。この任務が終わるまではと、それを幾度も繰り返し今に至っていた。
(ジークヴァルト様にはもうしばらく時間をいただけるよう願い出よう)
足早に厩舎へ向かう。まずはフーゲンベルク家に寄って、それからグレーデン家にも顔を出さないとならなかった。あの冷酷な家に帰るのは気が重い。しかし侯爵家当主である父親の招集とあっては、無視することもできはしない。
(だが公爵家に戻れば、久しぶりにエラの顔も見られる……)
ポケットに忍ばせた包みをそっと確かめる。エラに似合いそうなネックレスを手に入れた。わざわざ買い求めた訳ではない。行商が来ていたときに、たまたま目にとまっただけだ。
「そういや、エデラー家が男爵位を王に返上したらしいっすね」
「なんだと? それは確かな話か?」
「あれ、エーミール様、知らなかったんすか? 今、貴族の間ではその噂でもちきりですよ」
しばし呆然となった。いずれそうなるだろうと言われていたが、もっと先の話のように思っていた。無意識に服の上から包みを握りしめる。平民となった彼女に、これを渡す理由が見あたらない。
「エラが……貴族籍を抜けた……」
「ああ、そうか。それでフーゲンベルク家の家令の息子……ええと、マテアスでしたっけ? その彼と結婚したってわけっすね」
何が「それで」なのかが分からなくて、エーミールは回らない頭でニコラウスの顔を見た。
「誰が誰と、何をしたって?」
「ですから貴族籍を抜けたエラ嬢が家令の息子と結婚を……」
「なんだと……! 貴様、ふざけるな!」
「べ、別にふざけては……」
掴んだ胸倉を乱暴に離す。何も考えられないまま、エーミールはフーゲンベルク家へと馬を走らせた。
「ああ、ジークヴァルト様が旅から戻られた。祝いの言葉は直接お伝えしたくてな」
「妖精姫も人妻かぁ……公爵様、うらやましいなぁ。オレもあんな可愛い奥さん欲しい……。あっ、エーミール様、そこまで送りますって」
だらしがない顔のニコラウスを置いて、さっさと歩き出す。近くにいた平民出の騎士たちが、すれ違いざまに薄ら笑いを浮かべてきた。
「グレーデン殿はお母様が恋しくて、お家に里帰りですかぁ?」
「そのまま帰ってこないなんてこと、ないですよねぇ?」
下卑た笑いの横を素通りする。他人をこき下ろすことでしか自分の価値を保てない、無能な奴らの戯言だ。いちいち相手にするのも馬鹿らしい。
大公バルバナスが率いる砦の騎士団は、平民が大多数を占めていた。貴族だからといって優遇されることはない。
(実力主義だというのなら、力を示し屈服させるまでのこと)
リーゼロッテを神殿から奪還した時点で、すぐに抜けるつもりだった。だが尻尾を巻いて逃げ出したと言われるのもしゃくに思えて、ずるずると騎士団に在籍し続けているエーミールだ。
粗野な騎士たちに囲まれる生活は、不快に思うことの方が正直多い。だがそんな屈強な男たちを、無様に打ち負かしたときの爽快感は悪くはなかった。任務をそつなくこなせば、周囲の評価も上がる。この任務が終わるまではと、それを幾度も繰り返し今に至っていた。
(ジークヴァルト様にはもうしばらく時間をいただけるよう願い出よう)
足早に厩舎へ向かう。まずはフーゲンベルク家に寄って、それからグレーデン家にも顔を出さないとならなかった。あの冷酷な家に帰るのは気が重い。しかし侯爵家当主である父親の招集とあっては、無視することもできはしない。
(だが公爵家に戻れば、久しぶりにエラの顔も見られる……)
ポケットに忍ばせた包みをそっと確かめる。エラに似合いそうなネックレスを手に入れた。わざわざ買い求めた訳ではない。行商が来ていたときに、たまたま目にとまっただけだ。
「そういや、エデラー家が男爵位を王に返上したらしいっすね」
「なんだと? それは確かな話か?」
「あれ、エーミール様、知らなかったんすか? 今、貴族の間ではその噂でもちきりですよ」
しばし呆然となった。いずれそうなるだろうと言われていたが、もっと先の話のように思っていた。無意識に服の上から包みを握りしめる。平民となった彼女に、これを渡す理由が見あたらない。
「エラが……貴族籍を抜けた……」
「ああ、そうか。それでフーゲンベルク家の家令の息子……ええと、マテアスでしたっけ? その彼と結婚したってわけっすね」
何が「それで」なのかが分からなくて、エーミールは回らない頭でニコラウスの顔を見た。
「誰が誰と、何をしたって?」
「ですから貴族籍を抜けたエラ嬢が家令の息子と結婚を……」
「なんだと……! 貴様、ふざけるな!」
「べ、別にふざけては……」
掴んだ胸倉を乱暴に離す。何も考えられないまま、エーミールはフーゲンベルク家へと馬を走らせた。