ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第3話 隠された少女】

 少女は足早(あしばや)に母親の待つ家へと向かっていた。雑踏(ざっとう)をかき分け、胸に抱えた紙袋をつぶさないように注意して歩く。あまりの人の多さに辟易(へきえき)してしまう。

 今日は龍の祝福コンテストの最終日だ。老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)問わず誰もかれもが浮かれ立ち、祭りの熱に浮かされている。人の流れに逆らって、少女は髪が乱れるのを気にしながら進んでいった。

(早く帰って、母さんにビョウを食べてもらおう)

 ビョウとは秋の終わりに実る果実の事だ。特にこの時期のビョウは、甘く栄養価が高いと言われている。いちビョウあれば怪我(けが)知らず、三ビョウあれば風邪(かぜ)知らず、十ビョウあれば寿命(じゅみょう)()びる。そんなわらべ歌があるくらいだ。

 平民が医者にかかることは滅多(めった)にない。少女の母親は病弱で、安い薬でだましだまし体調を維持していた。

 今日は祭りの日だからと、少女の雇い主のおやじさんが、菓子でも買うようにと小遣いをくれた。その日暮らしの少女の口に、菓子が入ることなど滅多にない。
 しかし少女はその小遣いで、新鮮なビョウをひとつ買った。それだけでお金はなくなってしまったが、母親に少しでも栄養のある物を食べさせたい。

 そんな事情を知っている店のおかみが、ビョウのおまけにと祭りで人気の焼き菓子をひとつくれた。祭りの熱気の中、少女の心も浮き足立つ。少女はビョウと焼き菓子が入った袋を大事に抱え、人だかりを()うように家へと急いだ。

 途中、大きな通りで立派な貴族の馬車が、道行く人々の視線を集めていたが、少女は馬車をちらりと一瞥(いちべつ)しただけで、特に興味もなさそうに素早くその脇を通り抜けようとした。

 しかし、その馬車の屋根の上にあぐらをかいて座っている大男が目に入り、一瞬だけ足を止めた。

(あっぶない! 目が合うとこだった!)

 あれは人には見えないよくないものだ。へたに目を合わせると、助けを求めるかのようについて来る。あんな大きなモノにまとわりつかれてはたまったものではない。

 少女は何も気づかなかったふりをして、足早に雑踏(ざっとう)を抜けていった。

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