ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第9話 ふいの交わり】

「できたわ!」
「素晴らしいです、お嬢様!」

 最後の糸をぱちりと切って、リーゼロッテは刺繍(ししゅう)(わく)からはずしたハンカチを広げて見せた。その(となり)に座るエラが、涙ぐみながら()がことのようによろこんでいる。

「お忙しい中、本当に頑張られましたね」
「これもエラの助けがあってこそよ。自分一人ではここまでのものはできなかったもの」
「とんでもございません! リーゼロッテお嬢様が、お心を込めて刺繍を施されたからこそです。きっと公爵様もおよろこびになられます」

 ジークヴァルトのために作った刺繍入りのハンカチは、全部で三枚となった。

 一枚目はジークヴァルトが子供の頃に可愛がっていたという黒い馬をモチーフにした。
 これは出来栄えもよく、かなりの大作となった。だが、刺繍の途中でハンカチとしてはあまり実用性がないことに気づき、急遽(きゅうきょ)ほかのハンカチにも刺繍を施すことにしたのだ。

 二枚目はフーゲンベルク家の家紋とジークヴァルトのイニシャルを入れただけのシンプルなものだ。これなら人前で使っても恥ずかしくないだろうし、普段使いしやすいこと間違いなしだ。

 三枚目は黒馬と白馬が並んで走るさまを刺繍した。小さな馬影だが、なかなか躍動感(やくどうかん)が出ている。刺繍自体も小さいため、こちらも普段使いできるハンカチとなった。

 最後まで難航したのが、今日完成した一枚目のハンカチだった。大作すぎて、思った以上に時間がかかってしまった。力が入りすぎてゴテゴテの刺繍になったが、芸術的に言うとかなりのハイクオリティだと自画自賛する出来栄(できば)えである。

 黒馬はジークヴァルトの子供の頃の肖像画をそのまま模写したので、これを見たジークヴァルトがどんな反応をするか今からドキドキしてしまう。

(直接手渡すのは勇気がいるから、ダーミッシュ領にいるうちに公爵家に届けてもらおうかしら……)

 いざ渡すとなると不安になってくる。考えてみれば手製の刺繍のハンカチなど、重い女だと思われないだろうか。手編みのセーターでドン引きされるなどはよく聞く話だ。

(ひと針ひと針思いを()めた刺繍のハンカチ……。字面(じづら)だけだと、なんだが怨念(おんねん)がそこにおんねん的な感じがするわ……)

 針で指を刺してしまった時は、布に血がつかないよう細心の注意を払っていたので、まだましだろうか。怨念が染みついた上、血塗(ちぬ)られたハンカチとあっては、オカルト度が上昇しまくりだ。

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