ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第11話 宿世の理】

「さあ、早速占いましょう?」

 涼やかな声に促されて、戸惑いつつもエラは置かれた椅子に腰かけた。二人を(へだ)てるテーブルには左右対称に燭台(しょくだい)が置かれ、その中央に球状の水晶が鎮座(ちんざ)している。サテンの黒い布で(おお)われた台座に乗せられた水晶は、そのつるりとした表面に蝋燭(ろうそく)の揺らめく炎を映していた。

 テーブルをはさんだ向こうにいた占い師の女性は、エラが座るのを確認すると自身も向かいの椅子に優雅に腰をかけた。白いロングドレスを身に(まと)い、頭と顔の下半分は白いヴェールで覆われている。
 見えるのは(ひたい)に輝く一粒のクリスタルとブルーグレイの瞳だけだ。しかし占い師はかなり若く、そして美しい顔立ちの女性であることが(うかが)えた。

「今日は何について占いましょうか、貴族のお嬢様」

 (しゃ)の姿勢で座ったまま、占い師は目の前に置かれた水晶に両手をかざした。手の甲のみを覆うノーフィンガーの白い(なが)手袋(てぶくろ)から、美しい指がすらりと伸びている。その指はゆっくりとした動きで、水晶の上を優雅に交差していく。その動きと共に中指のつけ根にある飾りのクリスタルが、蝋燭(ろうそく)の炎をキラキラと返した。

 その非日常的な光景にエラはただ圧倒されていた。雰囲気に飲まれて、まるでおとぎの国の世界に(まぎ)れ込んだような気分だ。

「お嬢様?」
「は、はい! ええとその、でしたらわたしがお仕えしているお嬢様のことなどを占っていただけたら……」

 はじめから占いを受けるつもりで来たわけではなかったので、エラは咄嗟(とっさ)にそう口にした。だがその言葉に、目の前の占い師はくすりと(ひそ)やかな笑いをこぼした。

「ここは来た者の宿世(すくせ)を占う場所。あなた自身の事以外は占うことはできないわ」
「あ、そうなんですね……」

 急に言われても占ってほしいことなどすぐには思いつかない。大切な主人に仕え、恵まれた環境で充実する毎日だ。十分すぎる給金もいただいてお金に困っているわけではないし、健康運と言っても体力にはすこぶる自信がある。

 エラが返事をしあぐねていると、占い師はくすくすと笑いを深めた。

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