POOL
第1章
ピピピッピピピッピピッ
「姉ちゃん起きろよ、目覚めてんだろ。」
ずいぶん懐かしいものを見た気がする。重たい瞼を開けるとそこには不機嫌な弟の顔があった。カーテンの隙間から漏れる太陽の光に目を細めながらおもむろに身体を起こし立ち上がる。リビングに出ると弟の作る朝ごはんの匂い、干された沢山の薬草たち。当たり前の景色の中、部屋の片隅に行く。

「おはよう、母さん。今日も見守っててね。」

手を合わせそう言いながら1日の安全を祈る。母さんは4年前に癌によって亡くなった。本当は治せるものだったのに、それが出来なかった。息を引き取るその瞬間まで私たちのことを気にかけていた母さんはとても優しい人だった。そして最後に

「POOLには出ないで」

険しく尚、凛とした姿勢と視線でただ一言、そう言い残しこの世を去って行った。父さんはいない。だいぶ昔にPOOLに行ったっきり家には戻ってきていない。弟の瑠花は父さんのことをほとんど覚えていないだろう。そんなことを思いながら薬草をまとめ砕いていく。
コンコンコン
ドアをノックする音がした。朝早くに誰だろう。出てみると4ブロック先にある八百屋のおじさんだった。

「どうしたのおじさん?こんな早くに。」

疑問に思いながら聞くと娘さんが熱を出し寝込んでいるという。

「すまねぇが解熱剤を出してくれねぇか」

「わかった。少し待ってて。」

月花はそう言うとおじさんを家の中へ招き入れた。慌てることなく、しかし速やかに薬を調合し瓶や袋に詰めていく。

「朝と夜の2回食後にきちんと飲むこと。あの子大丈夫だって言って飲みたがらないと思うから飲んだ所までちゃんと監視するように。3日もすれば熱も下がって元気になると思うけど、下がらなかった場合は連れてきてくれる?」

「恩に着る。ありがとな。」

おじさんはそういうと急ぎ早に月花のもとを去っていった。すると月花が言う。

「本当なら病院に行ってお医者様に見てもらえるのに、こんな薬しか出せないなんてほんと申し訳ねぇな。」

「仕方ないよ姉ちゃん。上層の奴らが技術独占してんだもん、あいつら俺たち下層のこと奴隷だと思ってやがるし。」

瑠花の言うことはごもっともだ。上層部に君臨する有権力者や政治家達は、国家が発展すると共にその最新技術を独占し、下層部の一般市民達への開放を取り止めたのだ。それにより下層部の人間達は貧困や病に悩まされ、自給自足の生活を送っていた。そして続けて瑠花が言う。

「しかも娯楽としてPOOLとかいう頭おかしいゲーム始めるし、あいつら人間じゃねぇ。人が死ぬのを見て何が面白いんだよっ!」

POOLというのは上層部が始めた娯楽のデスゲームだ。各地区ごとに予選が開催さ!最後の1人が決まるまで殺し合いを行う。人を殺せば殺すほど懸賞金が賭けられ自身のレートも上がる。上層部は誰が残るかを予想し多額の金を賭け見物をする。月花達の父親もそのゲームに参加して行ったのだ。

「もう、こんな生活は懲り懲りだよ。みんな一攫千金夢見て気づけば1人、また1人ってPOOLに行く、、、。あんなもの、参加したって帰れやしないのに!」

そう瑠花が嘆くと一時の沈黙が流れた。すると外が騒がしいことに気がつく。

「外がうるさいな。」

月花はそうぼやくと扉へ向かった。
そこで目にしたのは数十人の人々が向かいの家の前で集まっていた。

「月花ちゃん!!大変よ!!」

昔馴染みのさや婆が声をかけてきた。

「何があったの、こんなに集まって。」

「それがね、あんたんとこの向かいの蓮二さん、奥さんと子供残してPOOLに行ってしまったのよ。」

「蓮二さんがPOOLに?!あの人、、、なにやってんのよ、凛ちゃん達だってまだ幼いし美和さんだって妊娠中だっていうのに、、、ほんとに何やってんだよ、、、。とりあえず美和さんと凛ちゃん達の世話は私が引き受ける。」

月花がそういうと周りにいた人達は少しほっとした顔でこちらを見つめていた。
少しして月花は蓮二さんの家の中へ進んで行った。すると中から透き通る美しい声が聞こえてきた。美和さんだ。

「いらっしゃい月花ちゃん。ごめんね、迷惑かけちゃって。」

申し訳なさそうにこちらを見る美和さんと、その脇には小さな2人の子供がいた。月花は3人のもとによると子供達の頭を撫でながら言う。

「いいよ、私はみんな家族なんだから、もっと頼ってくれて構わない。この子達も、お腹の中の子も、みんな私の家族だ。だから心配することじゃない。」

「ありがとう月花ちゃん。ところでね、もうすぐお腹の中の子が産まれるんだけど、月花ちゃんに名付けをして欲しくて。」

「私に?蓮二さんから聞いてなかったの?」

「それがね、あの人ったら俺じゃなくて月花に頼め、あいつならいい名をくれる。俺はセンスないからな!って居なくなる前に言ってきたのよ。だからお願いよ、この子に名を頂戴?」

きっと蓮二さんは居なくなることと同時に私に美和さん達を託したんだと思う。だから名前まで、、、。月花はそう考えると間をあけて

「、、、葵、、、なんてどうかな。美和さん見たく美しく、それでいて爽やかで、蓮二さんの好きな色。いいと思うんだけど、、、?」

恐る恐る美和さんの方に目を向けると、彼女は泣いていた。ただ静かに、ゆっくりとお腹を撫でながら。「葵、、、」と呟いていた。
しばらくしてまた外が騒がしくなっていた。疑問に思い月花が外に出ると、黒いスーツを身にまとい、いかにも育ちの良さが伺える男が近づいてきた。月花は警戒したが男が来るのを待ち、言う。

「何者だ。」
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