硝子の琴
 伏せられた長い睫の下、宝玉のような紅の瞳が、粛として光を湛えている。まるで冬の夜に一人煌々と輝く、孤高の月の静けさ。

 その、細い両腕に。
 ――抱かれし、冷たい色の竪琴(たてごと)

 娘のたおやかな指先が弦を弾くたび、
 ほろほろ、ほろほろと竪琴が()く。

 足音が、透明な空間を揺らした。
 弦を弾く指がつと止まる。

 娘は顔を上げた。闖入者は乱暴な足取りで娘の前にやってきた。どの方向から現れたのかは分からぬ。――否、方向など意味はない。男がそもそも違う空間から来たことを、娘は知っている。

「息災だったか」

 娘を見下ろし、男は言う。
 細部を飾る宝石もきらびやかな、若々しく雄々しい若者。荒ぶる者の印象を(かも)す褐色の肌は、空間の銀光をも弾くように強い。

 娘はその紅色の瞳で、男の双眸(そうぼう)を見上げる。

 娘を見下ろすは、遠い世界の海の色。
 娘の懐かしき故郷に似た色。

 無言の娘を、男もまた無言で見下ろし続ける。眉間にしわを寄せたまま、じっと。
 やがて、男は重い口を開いた。

「そろそろ考えは変わったのであろうな」

 底に、有無を言わせぬ力を(たた)えた声音。

 娘は淡く瞳をまたたかせる。
 小さく顔をかたむけ、それからゆるりと首を振った。

 男の瞳に怒りの炎が灯った。
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