悪魔の僕は天使の君に恋をする
この辺りで1番大きな屋敷、藤堂邸。涼介はそこを訪れていた。


「……じゃあ、姉は天使だったんですね」


大きなリビングの、大きなソファに座った涼介は、姉と仲の良かった青年の弟……ヨルと向かい合っていた。


「信じてくれるんだね、意外だな」


「だって、もしそうなら僕の病気が治ったことも説明がつきますから」


「……そっか」


ヨルは優しく微笑んだ。   


『涼介、母さん、2人で手を取り合って、どうか元気でね。ずっと見守っているから』


……10年前、姉は1通のメッセージを残して失踪した。母が心配して捜索願を出したが見つからず、捜索も打ち切りになってしまったのだった。

それでも、姉の残したメッセージを頼りに、家族2人で力を合わせて過ごしてきた。

でも、ずっと気がかりだったのだ。姉はどこに行ってしまったのか。

ヨルが話してくれた事の顛末は、あまりにも現実離れしていたが、不思議と腑に落ちた。


(そうか……姉さんは天使だったんだ)


納得した様子の涼介を見て、ヨルは優しく微笑んだ。


「すっきりした?」


「はい。すごく……」


「そう。良かった」


ヨルの笑い方は、どこかルナに似ていた。

やっぱり、この人はルナの弟なんだ。

そう考えていた時だった。


「父ちゃん!」


栗毛の少年が、ヨルの背中に抱きついた。


「お、春樹!どうした?」


「母ちゃんがお菓子焼いてくれた!そこのお兄ちゃんの分も!」


「そっか。じゃあ、持ってきてくれるか?」


「うん!」


良い返事をして、春樹は向こうへ駆けていった。


「息子さんですか?」


「うん。血は繋がってないけどね。3年前に、施設から引き取ったんだ」


「そうなんですか……」


「でも、本当の家族だよ。オレ達」


そう言ってヨルは笑った。

思えば、姉もそうだった。

自分が4歳の時に施設からやって来て、本当の家族のように可愛がってくれた。

血は繋がっていなくても、きっと本当の家族になれる。


「父ちゃん、持ってきたよ!」


しばらくして、クッキーが山のように乗った皿を持った春樹が戻ってきた。


「春樹、お手伝いして偉いな」


「うん!」


春樹の頭を撫でるヨルは、本当に春樹の父親のようだった。


「お話、どんなかんじですか?」


その後ろから、優しい目をした上品な女性がケーキを持って現れた。


「うん。今終わったよ、菫さん」


「では、お茶にいたしましょうか。……涼介君、もう少しゆっくりしていって下さいね」


菫はそう言って微笑むと、お茶を取りに戻った。

……しかし、山のようなクッキーに、ワンホールのケーキ。どう考えても4人では食べきれない量だった。


「……いつもこんなに多いんですか?」


「いや……今日はお客さんが来るからね」


「お客さん……?」


「ヨル様、花里様がおいでになりました」


「分かった。通して」


すると、テレビで連日取り上げられているプロサッカープレイヤーが現れた。


「花里景太選手……!」


「ヨル、久しぶり。……と、君は?」


「白神涼介君。ハルさんの弟だって」


ヨルに紹介されて涼介は慌てて頭を下げた。


「ああ、ハルの……そっか。よろしくな」


景太から握手の手を差し出された。


(花里選手と握手……)


テレビの中の有名人と握手……とあって、緊張で手が震えた。姉はこんなにすごい人と知り合いだったのか。


「ヨル君、春樹君、こんにちは」


景太の後ろから、髪の長い綺麗な女性が、娘を連れて入ってきた。


「あら、君は……」


「涼介君。ハルの弟だって」


「ハルさんの……花里百合です。よろしくね、涼介君」


「は、はい!」


「ママ、はる君の所行ってもいい?」


百合の娘が彼女の手を引いた。


「うん、いいよ。留美奈、春樹君に迷惑かけないでね」


「うん!」


留美奈はにっこりと笑って春樹の所へ駆けていった。


「お茶が入りましたわ」


菫がポットとティーカップを持って戻ってきた。

……賑やかな子ども達。幸せそうな夫婦。穏やかな時間。

この中に、もしかしたら姉は居たのかもしれない。

……姉は幸せだったのだろうか。そして今、姉は幸せなのだろうか。

そう思ったら、聞かずにはいれなかった。


「……あの!」


涼介の声に、その場に居た大人達全員が注目した。


「姉さんは……白神ハルは、幸せだと思いますか……?」


すると、全員が微笑んで頷いた。


「好きな人と一緒。これ以上の幸せは、きっとないよ」


ヨルが優しく答えた。


「今、2人がどうしてるのか分からないけど……どこを飛んでいても、どんな状況でも、2人はきっと幸せだよ。だって、大事な人と一緒なんだから」


ヨルの言葉に、涼介は笑顔で頷いた。


「はい……きっとそうですね!」




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