偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
――好き?


落ち着きなさい。


これはきっとフリよ。


聞きなれない単語に動揺する自分の心を必死に宥める。


「斎田さんも同じ気持ちなの?」


質問の矛先を突然向けられて慌てる。

助けを求めるように櫂人さんを見つめると、なぜか険しい表情を浮かべている。


自分と同様に演技しろ、と言いたいの?


ふたりの関係はわからないが、上田さんからは敵対心のようなものを感じる。


もしかして上田さんは櫂人さんを好きなの……?


「……もちろん櫂人さんと同じ気持ちです」


引きつりそうになる頬を必死に動かして、口角を上げる。

“好き”とは口にできなかった。

恥ずかしさとは違う不安定な気持ちが心を暗く覆う。


「でもそれにしてはよそよそしくない? 遠慮しあっているみたい、特に斎田さんが」


鋭い指摘に、背中を嫌な汗が流れる。


「藍は少し人見知りだからな」


「栗本ホールディングスの副社長の婚約者なのに? そんな言い訳、今後通用しないわよ」


「藍は俺のためにたくさん努力してくれている。それだけで十分だ。綾には関係ないだろう」


突き放すような冷たい口調に上田さんが目を瞬かせる。


「……お互いを想いあっているようで羨ましいわ。今日は時間がないけど、今度のパーティーで是非もっとお話したいわ」


「ああ、じゃあな」


長居は無用と言わんばかりに、櫂人さんが会話を切り上げる。

その姿にほんの一瞬、上田さんの目に陰りが見えた。
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