聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

「お疲れさまでした。博士」
「うん」
「それで……わかったんですか?」
「……そうだな。まずは場所を変えよう。研究室へ戻るぞ」
「はい」

 検視を終えた博士と、王城敷地内を出る。
 普段からあまり話す人じゃないけど、帰り道はずっと無言だった。
 表情に見せないだけで、精神的な疲労もあるのだろう。

 研究室に戻った博士は、自分の席に座る。
 小さくため息をもらし、腕を組んで話し出す。

「わかったか、だったな」
「はい」
「わかったことはある。だが……わからなくなったこともある。というのが検視の結果だ」

 博士は意味深な言い回しをした。
 わたしは意図を掴めず、疑問から首を傾げる。
 すると、博士は続けて説明する。

「検視で選んだ三人の遺体……選んだ基準は偏に進行の度合いだ」
「症状の進み具合」
「そうだ。遺体をざっと調べたが、聞いていた症状の進行には個人差が見受けられた。その差を調べるために、僕は三人の遺体を借りた」

 一人目の遺体は、進行が完全に進んだと思われる人。
 全身が紫色に変色し、写真と同じ状態になっていた遺体。
 
 二人目の遺体は、進行途中で亡くなられた人。
 紫色の変色が全身の半分程度で止まっていた者を見つけた。

 そして三人目は……

「まったく症状が進んでいなかった方の遺体……ですか」
「うん。症状の進行が命を削っているのは間違いないだろう。だが、それにしては差がありすぎる」
「確かに……でもそれは、年齢とかにもよるのでは?」
「そうだな。僕もそう考えて遺体を全て確認した。だがおそらく、進行の度合いは年齢と比例していない」

 老人だから進行が早いことも、成人だから遅いこともなかった。
 もちろんその逆も然り。

「まぁ逆に共通点もあった」
「何ですか?」
「肺の炎症だ。三人全て、左肺上部に炎症の痕跡があった。一人に関しては右肺下部にも炎症が見られたが、おそらくあれは誤嚥性によるもの。今回の病とは無関係だ」
「でも、つまり新しい病は……」
「ああ、肺炎。ただし、一つではないと僕は予想している」

 肺炎を伴う病と、全身が紫色に変色する病。
 その二つが混在している可能性が高いと、博士は説明してくれた。

「そうでなければ、症状のばらつきに説明がつかない」
「そうですね。じゃあ原因は?」
「さぁな。肺炎のほうは細菌性かウイルス性か、どちらかだとは思うが、変色のほうは現状では見当もつかない」

 博士がそう言い切るのは珍しい。
 それくらい異様な状態だということだろう。
 わたしはごくりと息を飲む。

「だから、それをこれから調べに行くぞ」
「えっ? 調べるって村に行くんですか?」
「ああ。それが一番真実に近づける」

 直接見て、調べて、考える。
 それが真実にたどり着く近道だと、以前に博士が言っていたのを思い出す。
 ただ、わたしは少し不安だった。
 たくさんの遺体が眠っていた場所に行って、平常心でいられる自信がなかったから。
 でも――

「君にも来てもらえると、僕は非常に助かるのだが」

 博士がそう言ってくれた。
 わたしが必要だと、まっすぐにめを合わせて。

「どうする? 無理強いはしないが」
「行きます!」

 そんな風に言われたら、わたしは行くに決まっている。
 少しでも良い。
 博士の役に立てることをしよう。

「決まりだ。ならば早急に準備を進めてくれ。出来れば今日中に出発したい」
「わかりました」

 わたしは急いで準備をした。
 感染予防のため、特殊な防護服とマスクも用意する。
 荷物がかさばらないように配慮して。
 準備が完了したのは午後一時半。
 馬車は王城が手配してくれて、二名の騎士も同行することになった。

「準備はよろしいですか?」
「ああ。出してくれ」
「わかりました。一時間弱で到着すると思われます。しばらくお待ちください」

 馬車に揺られ四十分。
 少し早く到着したわたしたちは、さっそく防護服に着替えた。

「君たちは馬車に残っていてくれ。調査は僕たち二人でする」
「わかりました。くれぐれもお気を付けください」

 わたしと博士は馬車を降りて、ハレスタの村へ入る。
 村は聞いていた通り、建物は十軒以下で、小さな畑と家畜小屋がある。
 少人数での生活が頭に浮かぶ質素さ。
 ただし今は、一人すらいない。
 異様な静けさが、ただならぬ雰囲気を醸し出している。

「外観だけはわからないな。部屋の中を見て回ろう」
「はい」

 建物の一室に入る。
 中は整っていて、生活感も感じられる。
 博士は棚や机を無造作に探し出す。

「かってに触っては」
「別に構わないだろう。僕たちは遊びに来たのではない。調査をしに来たのだ」
「そうですけど……」
「もしも例の病がクレンベルに広まったらどうする? 現状の医学では太刀打ちできなければ、ここと同じ惨状になるぞ」

 そう思うと、ぞっとする。

「わかったら君も手を動かせ。生活の中に、何かしら手掛かりがあるかもしれない」
「……わかりました」

 渋々だけど、わたしも棚を探したりする。
 他人の家を漁るなんて気が引けるけど、博士の言う通りだ。
 そう思って探していると……

「これ……」

 紫色の花?
 
 引き出しの中に、綺麗な紫色の花で造られた押し花を見つけた。
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