聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

 大聖堂の扉が開き、一人の男性が姿を見せる。
 一目見て、とても高貴な方なのだろうと察しがついた。
 立ち振る舞い、容姿や服装が、王族らしさを醸し出していたから。
 そして何より髪色と顔立ちが、彼にそっくりだった。

「やぁ、お邪魔するよ」

 たった一言で、場が一瞬でピリピリした空気に包まれる。
 今日もたくさんの人々が訪れている大聖堂で、こんなにも静かな瞬間が訪れるなんて、とても奇妙な感覚だった。
 誰も声を発さない。
 その代わり、膝をついて敬服する。

「かしこまらなくて良いよ。今の私はただのお客さんだ」
「そうおっしゃられても難しいでしょう。貴方様がメルフィス王子である限りは」
「はっはは、確かにその通りだね。ユレス司教、急に来てすまなかった」

 私の前にユレスさんが立ち、皆が平伏する中で彼と話していた。
 
 そうか。
 やっぱりこの人が、ハミルのお兄さん。
 この国の第一王子、メルフィス・ウェルネス様だったんだ。
 大人びた感じは違うけど、見た目はよく似ている。

 そんなことを考えて私は彼をじーっと見ていた。
 本来ならば王族に対して、敬服もせずに見続けるなんて失礼なことだ。
 でも私は、ハミルの重なって見えていた所為で、それを忘れていた。

 メルフィス王子と目が合う。
 ここでようやく、私は自分が堂々とし過ぎていることに気付く。

「ふぅん、そうか。君が噂に聞く聖女アイラかな?」
「は、はい! メルフィス王子、お会いできて光栄です」
「今さら畏まらなくてもいいよ。神の依代たる者が、軽々に他人に対して頭を下げるのも良くないだろう」

 メルフィス王子はニコリと微笑んだ。
 話し方は丁寧でおっとりとしている。
 ハミルとは全然違うのに、同じような安心感を覚える。
 これが兄弟というものなのかな。

「少し君と話がしたかったけど、間が悪かったようだね。また後で来るよ」
「は、はい! お待ちしております」
「うん、私も楽しみにしているよ。君が一体、どんなこと話してくれるのかをね」

 そう言って、メルフィス王子は去っていった。
 意味深な言葉を残して言ったけど、どういう意味なのだろう。
 後から来ると言っていたし、そのときにわかるのかな。
 それにしても――

「風のような人でしたね」

 私がぼそりと呟くと、ユレスさんが言う。

「そうだね。二人とも」
「ええ」

 ハミル王子と同じだ。
 爽やかに吹き抜ける風のように、私たちの前を通り過ぎていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 王城の一室。
 机の上に山のように積まれた書類。
 座っている彼は、せっせとその書類を片付けている。

「はぁ……」

 特大のため息を漏らした。
 ハミルはこきこきと首をならしてる。
 仕事の疲れが身体に現れているのだろう。
 大量にある書類の山は、とてもじゃないけど一日やそこらで片付く量ではない。
 第一王子であるメルフィスが不在の分、第二王子のハミルに仕事が流れ込んできている影響だ。

 トントントン――

「失礼します」

 部屋の扉が開く。
 ハミルが書類の山からひょこっと顔を出す。
 入って来た使用人が、追加の書類を持ってきていた。

「ハミル王子、こちらの書類もお願いいたします」
「こ、こんなにか……」
「はい。陛下から殿下に、勝手に出歩いている分は働いてくれ、との伝言を預かっております」
「っ……父上らしいな」

 好き勝手に出歩いていることを、ハミルの父である国王は知っている。
 知った上で黙認しているが、甘いわけではない。
 働かざる者食うべからずと言わんばかりに、大量の仕事を与えたりもする。
 いろんな意味で平等かつ誠実な人だった。

「では失礼いたします」
「ああ」

 使用人が去り、げんなりするハミル。
 片付けた分の書類が、追加で増えてふりだしに戻った感じだ。

「これを全て片付けないと、次の外出は無理か……あいつに会えるのも、少し先だな」

 ハミルは遠い目をして窓を見つめる。
 彼にとって城外への行くことは、街の視察ともう一つの目的があった。
 会いたい人がいる。
 たくさん話をして、楽しく笑い合いたいと。

「あーいかんいかん! 二日前に会ったばかりだろう。今は集中しなくてはな」

 パンと自分の頬をたたき、独り言で自分を鼓舞する。
 すると、扉がガチャリと開く音が聞こえてきた。
 さっきの使用人が戻って来たのかと思ったハミルは、仕事をしながら言う。

「まだ何か用か?」
「相変わらず仕事をため込んでいるようだな、ハミル」
「えっ、その声は――」

 慌てて席を立ち、扉に目を向ける。
 そこに立っていたのは、実の兄であるメルフィスだった。

「兄上! 戻られていたのですか?」
「ああ、少し用事があってね」

 メルフィスは現在、周辺国家同士の対談に出席するため、隣国にある別荘で暮らしている。
 ハミルは二か月は戻らないと予想していて、突然の訪室に驚きをかくせない。

「対談は?」
「まだ途中だ。明日には戻るよ」

 どうやら一時的な帰国だったようだ。

「それに確かめたいこともあったからね」
「確かめたいこと?」
「ああ。お前から届く手紙に、面白いそうなことが書いてあったからな」

 ハミルはここでピンとくる。
 彼が戻って来た理由の一つに、アイラが関わっていることを。
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