マリオネット★クライシス

この業界では珍しいことではないが、宇佐美は転職組だ。
とある事情から昨年大手広告代理店を退職、再就職を機にこの世界へ飛び込んだ。

未だ芸能界独特の事情に戸惑うことも多い。

慣れて行かなくてはいけないのだろう、愛する者たちのために。


(こんな時なんて言うかな、あの2人なら)


足を速めながら妻と息子の顔――自分を見つめる信頼しきった眼差しを思い浮かべ、ポケットの中でUSBをきつく握り締めた。


そして、決心する。

この映像が拡散し、たとえ世界中が栞をスポットライトの下にと望んだとしても、自分だけは彼女の本音に耳を傾けよう。

彼女が普通の生活を……恋人と遊園地デートをするようなささやかな幸せを望むなら、全力でそれを守ろう。
誰にどれだけ責められようが、屈するものか。


それがこれ(・・)を作った僕の……僕なりの、責任の取り方だ。


エレベーターホールにたどり着いた彼は、決意を込めた眼差しを上げて案内板を見つめた。
金色に輝くロゴは、シェルリーズホテルのものだった。


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