私だけを愛してくれますか?

『クロワッサン食べ比べフェア』の前日、私は走り回っていた。

忙しいながらも高揚した気持ち。念願のパンのイベントだし、忙しさなんて全く苦にならない。

実は来春、人事部に異動することが決まった。

催事部に在籍して八年。本当ならとっくに異動になっていてもおかしくない。異動してきたころは、こんなに長く続ける仕事になるとは夢にも思わなかった。この『クロワッサン食べ比べフェア』が私の最後の企画イベントになるが、それが自分の一番したかったことだなんて、なんて幸せなことだろう。

異動の一番大きな理由は、大さんとの結婚だ。催事部は、土日出勤も多く残業も多い。これからは、大さんのサポートも私の大きな仕事になるので、結城さんとも相談の上、人事部に移ることになった。

人事部では、社内のセクハラやパワハラ、嫌がらせなど、誰にも相談できないことを、直接相談できる『コンプライアンス課』を新設することになり、私はそこに入る。

自分自身も苦い経験があるので、悩んでいる社員の手助けができるようにがんばりたい。


イベント準備がすべて整い、後は明日の開催を待つだけ。
いつもイベント前日には長めの夕礼をするが、今回は異動のことも話すことにした。

大さんとの結婚は、社長の新年挨拶の時に発表されることになっているが、班の皆には自分の口から伝えたかったのだ。

イベントの諸注意を伝えた後、「ちょっと、私的な話になるんだけどいいかな?」と切り出した。

キョトンとするメンバーの一人一人の顔を見ながら、静かに話し始めた。

「実は、次の四月に異動することになったので、今回のイベントが私の企画する最後のイベントになるの」

「「「えーーっ!!」」」

三人の声が見事に揃った。チームワークばっちりだ。これなら大丈夫。

「一月に正式発表があるので、本当はまだ内緒なんだけど、どうしてもみんなには自分の口から伝えたかったので言うね。異動の一番大きな理由は、副社長と結婚が決まったことなの」

三人の目がこれ以上開かないというくらい大きくなった。驚きすぎて声がでないようだ。

「今までこのチームでたくさんのイベントを成功させてきた。みんなの協力があったからだと思ってる。本当にありがとう。私の最後の企画イベントだと意識してもらう必要はないので、今回もいつも通り力を合わせてがんばりましょう」

しーんとしたまま、誰も口を開かない。ちょっと話が唐突過ぎたかな。どうしようかと困っていると、突然、瑠花ちゃんがわーんと泣き出した。

「おめでたいことですけど、チーフがいなくなるなんて嫌だー」

「チーフがいなくなる?ありえない…」京極君は呆然としている。

「人員の補充はあると思うけど、多分小森君がチーフに上がって、小森班になると思う。二人は小森君を助けて、新しい班がいいチームになるように頑張ってね」

「俺に務まるでしょうか…」
小森君はつぶやいた。

「大丈夫!吉木班は、小森君がいたから成り立ってきたんだもの。そのままの小森君で頑張って」

小森君は、私の目をしっかりと見て「はい」と大きくうなずいた。

「チーフ、最後に一番弟子が誰なのか認定してくださいよ。それを心の支えにしてがんばります」

涙目のまま、瑠花ちゃんが訴える。

「お前、自分が選ばれると思ってるやろ。あほか。俺に決まってる!」

京極君が大声で遮った。

わーわーと揉め始めたので、慌てて止める。

「ちょっと!くだらないことで言い合わないの!」

「くだらなくないですよ!今後のモチベーションに大きく関わりますっ」

全く何のモチベーションなんだか。でも、決めないと夕礼が終わらないようだ。

一番弟子ね。それは初めから決まってるでしょ。

「そうね。私の一番弟子は……」

食い入るように見つめる二人に、「小森君ね」とサラッと通告した。

「当然」と満足気な小森君に、「うそー!」「ずりー!」と騒ぐ瑠花ちゃんと京極君。

それを横目に見ながら、『お先にー』と歩き出す。

背中に三人の笑い声が降りかかり、私もハハハと笑いながら、催事部を後にした。

あなたたちと仕事ができてよかった。みんな、本当にありがとう。

明日が楽しみだ。もう思い残すことはないと思えるイベントにしよう。

晴れ晴れとした気持ちで、前を向いた。

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