求める眼差し ~鏡越しに見つめあう、彼と私の物語~

再び、記憶

 大人になって、黒川さんに再会したのは、本当に偶然だった。
 今の職場に転職する前、小さい建築屋さんの営業事務をやっていた時期があった。
 従業員はそれほど多くはないけど、営業の人たちは私と同世代が多くて、そこそこ楽しかった。
 でも、ちょっと頑張りすぎたのか、身体を壊して辞めることになってしまった。
 その頃の髪は肩まであって、髪の重さに引きずられるように、性格も今よりも暗かった。

 体調が落ち着くまで、引きこもりの日々が続いていたけれど、少し時間はかかったものの、なんとか転職先が決まった。
 それが今の販売の仕事だ。
 最初は髪を縛って仕事をしていたものの、どうにも邪魔で仕方がなくなり、ついには、久しぶりに髪を短くしようと思った。
 ずっと通っていた美容院の担当者が辞めるという話を聞いていたので、せっかくタイミングだし、新規開拓と思って飛び込んだお店にいたのが、黒川さんだった。

 といっても、最初から担当してもらえたわけではない。
 その時は、若い女性スタッフの方にやっていただいたのだ。大人しい感じの方で、ほのぼのした話し方をしていたのが印象に残ったので、次も来よう、と思ったのだ。

 二度目に行った時、その時は予約をしていったのだけれど、その日は彼女がお休みだった。
 でも、どうしても切りたい気分の私は、そのまま予約をしたのだけれど、その時、代わりに担当したのが黒川さんだった。
 その彼から言われたのだ。

「もしかして、うちの近所にいた、杏子ちゃんかな?」

 最初は何を言ってるかわからなかった。
 少しずつ話しながら、『六年生の黒川のお兄ちゃん』なのがわかった。
 正直、当時のことはあまり記憶にはないせいもあって、すぐにはわからなかった。

 だいたい、名前と顔がまったく一致しなかったのだ。
 目の前にいるのは三十代の黒川さんだし、私の記憶では、いつも後ろをついて歩いてたせいもあって、せいぜい『大きいお兄さん』程度。
 しかし、三十代といっても、実際にはもう少し若く見えた。
 私とたいして変わらないんじゃない? と思うほどだ。

 一方で、黒川さんにしてみても、私のことなど『小さい子供』、くらいの記憶だったのじゃないだろうか。
 それなのに、大人になった私のことを、その『小さい子供』と繋げて考えるなんて、スゴイと思う。
 
 考えられるのは、最初に来た時に顧客カードを作るのに、住所を書いた記憶はあるから、そこから判断したのかもしれない。
 たかだか一年間だけ、一緒に通学してただけなのに、覚えていてくれた。
 それが、少しばかり嬉しかった。
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