町娘は王子様に恋をする
いま

01

 今日はみたいドラマがあったのになあ、と私はエクセルを開いたPCから顔をあげ、フロアの中央にかかる丸い時計に目をやった。
 秒針の音は遠く、耳に届くのは私が入力する手を止めている今、このフロアに残るもう一人がキーボードを叩く音だけだ。
 今、急いで片づけて会社を出て駅に向かい、滑り込んだ電車に乗り込めたとしても、ドラマの最後数分が観られるくらいだ。そんなの観たって仕方がない。気も抜けてしまうというもの。
 今季のドラマの中で一番の興味を惹かれ、見応えがあり、しかも最終回へのカウントダウンに入っていた。今日の展開如何によってはラストがアンハッピーエンドにもなり得る重要な回だったのに。そんな重要な回の録画予約を忘れるとは何たる失態だろう。午前中、いや午後四時くらいまでの私は定時を確信していたのだから仕方がない。急にヘルプを求められることが、イレギュラーがないとは言えない中旬を過ぎたこの日に油断していたのが悪い。
 ああ、茅智(ちさと)はどうなる、唯咲(ゆいざき)はどうなる。甘酸っぱく少し不思議の混ざる大学が舞台の話で、数年前までキャンパスライフを送っていたからなおのこと身が入り、たった数年ではあるが学生の気持ちに若返ってみていたのに。現実にそうそう浮かれた話もないために非現実にそんなことを求めてしまうのは、仕事が忙しいせいも多少はあった。

 小さくため息をついて時計から顔を戻す。斜め向かいの席に目をやった。先輩である羽柴が黙々と資料データにチェックを入れ入力していく、その音が耳に響く。
 学生時代はちょっと後ろ髪を伸ばしていたが、今はその面影はさっぱりとして少し明るく染めた短い髪をワックスで遊ばせている。太陽の下でみると、ちょっと毛が短いチワワみたいだ。社会人的に時々社外の人間とも顔を合わせる立場として整う形で、清涼感として現れている。そうでなくても、顔はいいが中身と不釣り合いと言われているくらいだった、愛想がよく話題も豊富で仕事も出来るとなれば会社としても外に出てもらう方がいい。羽柴先輩は営業には所属していないけれど、来客の対応には引っ張り出され顔として扱われるし、それなりに仕事も吹っかけられている、らしい。
 今の姿からはとても想像しにくいが、学生の頃は奔放で、入れ代わり立ち代わり隣にいる女性が変わっているものだった。社会人になってからはそんな姿は見ていない。もちろん、私がみてないだけで付き合いはあるのかもしれない。
 給湯室や食堂で噂話は耳にするものの、社内での姿を見ていると声を掛けられていない、というわけではなくきちんと断っているらしい。学生時代のことではあるが羽柴先輩のことはおおよそ知っているが本命になりそうな人間などいただろうか。社会人になってからの関係が会社の外にはあるのだろうか。などとたまに考えてみるがこの身には全く関係の無いことだ。
 そう、この身には、全く関係のないことだ。
 もう一度、さっきとは違う意味あいのため息をつき、少しばかり想いを馳せた。憧れるくらいは許してほしい。芸能人やアイドルを追いかけることと、ほぼ同等。叶わないと理解していても、追ってしまう存在が、私にとっての先輩なのだ。
 先輩後輩として、良くしてくれる。恋愛感情なんてどこ吹く風。そんなただの後輩のひとりでかまわない。
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