町娘は王子様に恋をする

05

 学生から社会人という立場に変わったことも確かにあるだろう。いつまでも学生時代が尾を引いてふらふらしている訳にもいかない。話してみると急激に変わったというよりは、しっかりしなくてはならなくなったという印象が強く、意識を変える切っ掛けがあったのかもしれない。それは、運命の出会いなのかもしれない単に仕事の上で学んだのかも知れない。
 大学の頃、知り合ってだんだんと過ごす機会が多くなった私は、羽柴先輩が色んな女性と遊んでばかりいたことを知っている。浮名まで流してるんじゃないかと呆れるくらいにはいつも違う人と歩いていた。ホストクラブの人といっても何ら問題がないくらいに。けど、悪い噂はなかった。下世話な噂も聞いたことが無い。同性からのやっかみは多かったし、からかいも然り。異性からの評判は地に落ちることが無かった。別れた彼女さんから「宇佐見ちゃんはそのまま変わらないでね」「そのままがいいんだから」と謎々みたいなことを言われることが多かった。
 そんな羽柴先輩が、軽く付き合う人間を寄せ付けなくなった。しっかりと社会人然としていて、ぱったりと遊びも止めてしまった。今までの、数々のとっかえひっかえはなんだったというのか。その姿勢から導き出される答えはひとつ。
 そこまで考えてふるふると首を振った。たまたま見られていたらしく、羽柴先輩が「どうした?」と不思議そうに聞いた。

「なんでもないです!」

 ちょっと声を荒げてしまったが、ならいいけど、と羽柴先輩も帰る準備を始めていた。
 帰ってもドラマは録画されていない。なんの慰めもない。今日は木曜日で、明日が休みなわけでもない。
 スマホをちらっと覗いてみると、通知の点滅が見えた。ロックを解除して、メッセージアプリを立ち上げる。今は特に欲しくもない更新情報のお知らせ。
 親しい仲の友人は、たまにやりとりをして仕事終わりや休日に会って食事やショッピングをしてはいる。けれどそれだけで、出会いというものに全く靡かない私を友人は合コンのような会食には誘わない。
 いい出会いを探そう、と周りが沸き立っても私が不毛な恋をくすぶらせている。いい加減意識を他所に向けるようにと何度も言われているが、きっちりとした形で目の前に羽柴先輩の結婚(仮)でも見せつけられるまで、どうにも自分の中で折り合いをつけられそうにもない。せめて指輪でもしてくれたらなあ。
 私が自分のデスク前でスマホを睨んでいるからか、羽柴先輩がどこか言い難そうに謝った。

「ごめんな、付き合わせて。今日、ドラマやってたんだっけ?」
「え、あー、ドラマの話、しましたっけ?」
「え、あ、前にいってなかったっけ? どっかで話してたの聞いただけかも、ごめん」
「いや、いいです、けど。ドラマは……今日録画できなかったんですよねー」

 社内ではあまり大声で誰かと話すことは多くない。ドラマの話も、同期数人がたまたま集まってご飯を食べていた時に話したくらいだたような、いや、ちょっと興奮していたから多数に聞かれていたのかもしれない。ちょっと記憶にはないが恥ずかしい。
 羽柴先輩が、気まずそうな顔をした。きっと定時で帰る事が出来ていたらリアルタイムで観られたし録画の予約もきちんと確認できたはずなのに、手伝ってほしいと声をかけてしまったせいだとでも考えているのだろう。

「い、一応、俺も撮ってるはずだから、帰ったら確認して撮れてたら焼いてくる」
「え、先輩も観てたんですか!?」
「……あー、流し観してるから、内容はぼんやりとしか」

 墓穴を掘ったとでも言うように、羽柴先輩がしどろもどろになる。そんな羽柴先輩をみる機会はなかなかないから、思わず声を出して笑ってしまう。
 別に、誰が観たってかまわない、季節ごとに変わるドラマなのに。羽柴先輩がたとえ内容をしっかり把握していないとはいえみているということが、とてもうれしい。
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