捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
バスタブを軽く洗い、お湯を溜めさせてもらった。それから手足をのばして浸かる。温かなお湯が身体をほぐしてくれる。
奏士さんに触れられた部分がじんわり熱い気がした。明るいところで見れば、鎖骨や胸元に赤い痕が散っていた。小さな花弁のような愛の証に、羞恥より彼のものになった嬉しさに微笑んでしまう。

濡れ髪を拭くだけで、服を身に着けリビングに戻った。てっきり寝直したのかと思っていた奏士さんはコーヒーを淹れてくれていた。

「お腹が空いただろう? 何か食事でもと思ったんだけど、この家何もないんだ。コーヒーしかなかった」

帰国したのは今日なのだから当たり前だ。私のために淹れてくれたコーヒーの香りに幸福が胸をいっぱいに満たす。

「沙織か功輔に何か頼もうかと思ったんだけど、さすがに俺でも気まずいというか照れくさいというか」

確かに。ふたりは奏士さんが帰国からそのまま休みを取っていること、私と過ごしていることを知っている。ふたりそろって家で出迎えたら、あからさますぎる。

「それは……私も恥ずかしい……かな」
「じゃあ、もうちょっとしたら、ふたりで何か食べに出かけようか」

私は頷き、奏士さんに近づいた。そのまま、ぎゅっと彼の身体にしがみつく。
里花、と奏士さんが呼ぶ。

「これで奏士さんのものだから。全部」
「ああ」
「結婚の話は、もう少しゆっくりにしたい。だけど、私は奏士さんの恋人。誰にもこの座は譲りません」
「俺だって、もう二度と里花を見失いたくない」

私たちはどちらからともなく顔を近づけ、キスを交わした。二十六年間生きてきて、一番幸せな瞬間だった。



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