捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
「昨晩は行く宛のない私に親切にしていただきありがとうございました。きっと、夫も一時の感情で私に当たっただけだと思います。もう一度家庭を営めるよう頑張ってみたいと思います」

奏士さんがすっくと立ち上がった。私を引き止めるためだとわかった。

「俺は納得していない」
「奏士さん、小さな頃から私を守ってくれてありがとうございます。だけど、私はもう二十五歳になりました。大人です。……夫と歩み寄れるように努力します。きっとまたご報告しますから……どうか」
「どうか?」
「……両親と弟にはこのことを言わないでください」

私は頭を下げて、奏士さんのオフィスを出た。エントランスには出社してくる社員たち。私は流れに逆らうように外に出ると、すぐにタクシーを拾い自宅を目指す。
京太は会社だろうか、愛人宅だろうか。どのみち家は無人のはずだ。

目を閉じた私の脳裏には奏士さんの顔が浮かんでいた。
初恋の人、今でも大事な幼馴染……。昨晩、奏士さんに会えてよかった。それは休める場所がみつかって助かったという意味合いではなく、精神的に彼の姿を見て救われた。

『俺が奪う』

恋愛感情ではなくとも、そんなことを口にしてくれる優しさが嬉しかった。
思いだせば甘い気持ちになる。もう忘れたはずの初恋が胸の奥で呼吸をする。
駄目だ。この気持ちは目覚めさせてはいけない。
とくんとくんと鳴る鼓動を抑え、私は自宅マンションを目指した。そこに希望が無いことは私だってもうわかっていた。



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