捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
私は立ち止まり、奏士さんを見上げる。彼もまた私に向かい合う。強い風がふきつけ、帽子が飛びそうになるのを押さえる。長い髪がぶわっと巻き上げられた。

「里花、好きだよ」

奏士さんの告白は、やわらかく私の耳をくすぐる。心を甘くとかす。
だから、今はこの人に甘えない。

「奏士さん、私も好きです。自分ひとりで立てるようになるまで、待っていてもらえますか?」
「いくらでも待つよ。十年前、里花を諦めたことと比べれば、こんなことなんでもない」

そう言って、奏士さんは腕を伸ばし、私を抱き寄せた。
熱い温度、彼の香り。私はきつい抱擁に窒息しそうになりながら、そっと自らの手を彼の背に回した。

「そうちゃん」

ささやくと、抱擁がさらにきつくなった。

「里花、嬉しいけどこのタイミングは反則。さらってしまいたくなる」
「それは困ります」

そっと身体を離し、見つめ合う。彼は優しい目をしている。子どもの頃から変わりない、私を慈しんでくれる瞳。
いったいいつから彼の目には恋が宿っていたのだろう。私が早く気づけば、私が先に伝えれば、こんな遠回りはしないで済んだ?
いや、今の形でいい。有るがままの現在を受け入れ、その上で私は一回りも二回りも成長したい。

奏士さんの顔が近づき、私たちの唇はやわらかく重なった。
私たちの最初にキス。きっとこれから、何度だってすることになる。そう信じて彼を見送りたい。
短いキスを終え、私たちは並んで歩き出した。冷たい飲み物で休憩できる場所を探して。


奏士さんが、再び渡米していったのは翌週のことだった。


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