復讐日記
不審者
 出勤時、帰宅時、私の自宅最寄り駅前に出没するあの男、不審過ぎる。
 私がこの街に引っ越して来てから4年になるけれど、通勤初日には既に居た。ってことは4年以上その行動をしていることになる。
 春夏秋冬、駅前の通りを南北に往復している。年齢は50代? 髪は長め、黒いサングラス、上下黒っぽいジャージ、500mlの清涼飲料のボトルを持ち、喫煙所で煙草を吸っていることもある。うっすらにやけているような口元ではあるけれど、サングラスをしているのでそれが微笑なのかどうかは不明。井上陽水に似てる。
 頭にガムテープをぐるぐる巻きにしていると思ったら、サングラスが壊れたらしくて、ガムテープで止めてたなんてこともあった。
 そう言えば初めて見た頃より痩せて来ている。
 何者? 働いてないの? 朝は7時台、夜は20時台にも見かけることがあったから、もしかしたら寝ている間以外は駅前をぶらついているのかも。家があるのか、その家に帰っているのか、家族が居るのか、全て不明。
 駅前の交番に通報したいけど、実害が無いから取り合ってもらえないに違いない。
 あ、一度だけ黒いスーツを着てアタッシュケースを持って電車に乗ろうとしているのを見たことがある。4年の間にジャージ以外の服装を見たのはその一度だけ。
 声を聞いたのは2回。1回目は3年前。誰かに対して怒鳴ってた。
「見てんじゃねぇよ馬鹿野郎」「ぶっ殺すぞ」的な言葉だったと記憶している。その男の周囲には誰も居なかったから、頭がおかしい可能性大。
 2回目は半年前、私に向かって10mほど離れたところから、
「着る物によって雰囲気全然違うよね、ね」
 と言った。キモっ。
 私の家から駅に向かうには4通りの経路がある。行き帰り、ランダムにその経路を選択してみてはいるのだけど、そのどれを使っても100%の確率で奴とすれ違う。別に私1人を付け回しているとは思っていない。その駅を利用する人は誰でも奴と遭遇する機会を持っているわけだから。
 奴の意識に入り込んで探る? いやだー。同じ空気を吸うのも憚られるほど、不審な空気を漂わせているし、何かおぞましい物が見えてしまったら流石の私も耐えられない。
 働いていないとして、収入源は? 生活保護受給者? 髪の毛のボサボサ具合とジャージのくたびれ具合から、低所得者と推測出来るけど、服装から経済状況を判断するのは良くない。それに浮浪者と言えるほどみすぼらしくはない。ホームレスなら荷物が多いはず。ペットボトルや袋菓子以外の物を持っているのを見たことがない。
 もしかしたら物凄く裕福な人で、働かなくても生活出来、単純に退屈しのぎにぶらついているだけかもしれない。私なら、お金があれば色んなとこ行くし、ジャージだけ着てるような生活はしないけどね、お金の使い道は人それぞれだから。
 お金持ちならそのお金を奴以外が使ったほうが有意義なんぢゃないの?
 何か大きな事業をやっていて経営自体は他の人に任せてるとか? だとしたら余計に奴は不要でしょう? トレーダーかも?
 兎に角私にとってただただ目障り、それだけの存在。
 さて、どうやって居なくなってもらうか。駅前をぶらついているだけの奴に、天変地異でもない限り命にかかわるほどの危険が降りかかるとは考えにくい。
 天変地異。。。雷にでも打たれてもらうかな。これからの季節、台風とともに落雷も増えて行くし。
 駅前の通りの建物が無くて拓けたところ。あの石畳で。

 次の日の昼間仕事中に突然空が暗くなったと思ったら、雷が鳴り出した。
 チャンス!
 奴は今どこに居る? あんな人間の意識の中に入るなんて虫酸が走る程イヤだけど、ためらっていては埒が明かない。思い切って飛び込んでみるか。
 一先ず駅前に意識を飛ばす。改札から左右に伸びた歩道上を歩いているはず。
 居た。喫煙所に居た。右手に煙草。左手に飲み掛けのペットボトル。いつもの風体。
 そうか、別に奴の意識の中に入り込む必要なんか無いんだ。ただ奴の行動をコントロールすれば良い。雷鳴はどんどん大きくなり、空はますます暗くなって行く。奴は傘を持っていないから、雨が降ったら家に帰ってしまうかもしれない。どうしてもあの石畳の上で雷に打たれてもらわないと。
 まだ喫煙所から離れないかな。稲妻のタイミングもあるし、歩き回ってもらいたいのに。
 あ、動いた。ペットボトルの麦茶を飲んでから歩き始めた。よしよし。もう少し歩道の真ん中に来て。建物が無くなる所まで。雷が落ちた時周りに人が居ると危険だな。うまくタイミングが合えば良いけど。
 うわっ、凄い雷鳴。流石の奴もビクっとした。あ、やばい。踵を返したぞ。家に帰るのかな。だめだめ。歩道の真ん中まで来なきゃ。奴の動きをコントロールする。方向転換をさせるために足の向きを変えてみた。あ、よろめいた。首をかしげている。そうよね、何で転びそうになったかわかんないわよね。だって私が動かしてるんだもの。
 稲光と雷鳴の感覚が短くなって来た。稲光と同時に耳をつんざくような金属音がするようになった。どこかに既に落雷したのかも。避雷針かな。
 意識を集中して奴の足を固定した。動けないことに慌てている。きっと家に帰りたいに違いない。雨が降りそうだし。
 さて、そろそろ落雷のタイミング? 流石の私も天変地異までコントロール出来ないしな。うまいことに挙動不審な奴の周りには誰も寄って来ない。ただ立ち止まっているだけなのに、普段から怪しまれているためか、通り過ぎる人たちも距離を保って歩いている。一瞥をくれてそして遠ざかる。
 一際大きな雷鳴が響いたと思ったらほぼ同時に閃光と金属音が私の頭の中に痛みのような感触をもたらした。意識を集中するためにずっと目を閉じていたが、目の前に真っ白が光が広がるほどだ。あれ? 雷落ちた? 奴に?
 確かめるのも気持ち悪いから意識を解放した。

 次の日から奴をみかけることは無くなった。
 一丁上がり?
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