この夏、やり残した10のこと


笑うと八重歯が覗いて、少し幼くなる。日に焼けた健康的な肌も、決して大きいとは言えない目も、何にも変わっていない。出会った時のままだ。

霧島(きりしま)斗和くんは、私にないものをたくさん持っている、憧れの男の子だった。


「そんなに急がなくたってさー。力んで漕いだら逆に汗かかね?」


青い自転車に遅れて、今度は黒い自転車が私の横をすり抜ける。
さっき大声で霧島くんを呼んだのは、クラスメートの男の子。彼も彼で、制服の半袖から伸びる腕には日焼けの跡が残っていた。二人ともサッカー部だから、毎日太陽の恵みをもらっているのだろう。

何やら言い合いをしつつ、彼らが再び自転車を漕ぎ出した。それを一人眺めながら、小さく息を吐く。

……少し、いや結構、びっくりした。
朝から霧島くんを見られると思っていなかったし、彼が振り返った時、私に向かって笑いかけてくれているのかと錯覚してしまった。クラスで人気者の彼が私に――だなんて、そんなわけはないんだけれど。

でも、今日はいい日だ。始まりに相応しい。何って、夏の始まりに。

私は走るのをやめて、自転車が通ったあとを丁寧になぞるように踏みしめながら、通学路を歩いた。

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