「みえない僕と、きこえない君と」
第二章:こころの声
-----この病は眼科領域で唯一、難病指定

された疾患である。



大型書店でやっと見つけたその本を手に取った

わたしは、その一行を読んだだけで、先を読む

のをやめてしまった。

ぱたりと本を閉じて、棚に戻す。

彼の持つ障がいがどんなものなのか?

知りたくてあちこちの本屋を探して歩いてみた

けれど……

事実を知ったところで、彼の病気が治るわけでも、

自分の気持ちが揺らぐわけでも、ない。

だったら、余計な不安を増やしても仕方ない

のかも知れない。わたしは気を取り直して本屋を

出ると、彼女との待ち合わせ場所に向かった。






(ねぇ。なんか、いいことあった?)

数ヵ月ぶりに会った高校からの親友、松本(まつもと)(さき)が、

手話でそう言いながら、顔を覗き込んだ。

(どうして?)

左の手の平を下に向け、その下に人差し指を

立てた右手をくぐらせる。

咲ちゃんは、母親が手話通訳士の資格を持って

いることもあって、わたしと友達になる前から、

手話が身についている。だから、彼女は母さん

以外で手話が話せる、唯一の存在だった。

小首を傾げながら、アイスティーのストローを

いじり出したわたしに、咲ちゃんの目がきらり

と光る。

(だって、可愛いピンしてたり、ネックレス

してたり、いつもとなんか違う)

目敏く、わたしの変化に気付いた咲ちゃんは、

じぃ、と見つめながら、白状しなさい、とでも

言いたげに頬杖をついたのだった。





中学、高校と、難聴学級のある学校まで電車で

通っていたわたしは、高校から咲ちゃんと仲良し

になった。そこでは、国語や英語など、決まった

授業だけ難聴学級で指導を受け、あとの授業は

みんなと同じように普通学級で受ける。

だから、どちらの学級でも友達は出来るのだけど、

意外にも、一番仲良しになったのは、普通級に

在籍していた咲ちゃんだった。

彼女は、いつでも、どこでも、人目を気にせず

手話で話してくれる。

現に、いまも遠くの席から好奇の眼差しを

向けるお客さんがちらほらいるのだけど、

彼女はそんなことなどまったくお構いなしに、

いたって普通に手話で話してくれていた。

咲ちゃんに出会えなかったらきっと、一生の

親友は出来なかった。

心の中ではいつもそう思っているけれど、

その気持ちを彼女に伝えたことは、一度もない。

(これ、似合わないかな?)

わたしは、母さんの引き出しから借りてきた

ローズクォーツのネックレスを指差して、訊いた。

“恋の悩みにはローズクォーツ”と言われるほど、

この石には恋愛運向上の効力があるらしい。

(似合ってるし、可愛いよ。でも、いままで

そういうの、しなかったよね?)

咲ちゃんの尋問が続く。

わたしは、勿体付けるのをやめて、素直に

白状することにした。

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