「みえない僕と、きこえない君と」
通路を奥へと進み、小会議室の前に立つ。

その部屋のドアには、網膜色素変性症の患者会、

「Eye(I) like me」の貼り紙がしてある。

僕はひとつ息をして、ゆっくりとその部屋の

ドアを開けた。部屋に入ると、すでに中心を囲う

ように長テーブルが並べられ、幾人かの人たちが

談笑していた。

僕はドアから向かって正面、窓の前で立ったまま

作業をしている、代表の石神さんの元へ行った。

「ご無沙汰しています」

声をかけるとすぐに彼は顔を上げ、こちらを向いた。

「ああ、羽柴さん?よく来てくれましたね。

元気にしてましたか?」

作業の手を止めて、にっこりと目尻にシワを寄せる。

「お陰さまで、何とかやってます」

そう返すと、彼は一度頷いて、自分の隣の席に

腰かけるよう促した。

会の代表である石神さんは初老の男性で、僕が

初めてこの会に参加した時から、すでに、視野は

残っていなかった。だから、いまみたいに、

彼は声だけで相手を判断する。

この会のメンバーの症状は様々で、まだ病名を

告げられたばかりの人、僕のように視野が半分

ほど残っている人、そして、石神さんのように

光を失っている人も数人いる。

集まる人数も顔ぶれも毎回変わるけれど、

大学時代から参加している僕は比較的古株で、

石神さんとも親しかった。

「これ、配りましょうか?」

彼がファイルから取り出したチラシを、覗き込む。

わら半紙に印刷したものと、少し厚手の点字用紙

に点字で綴られたものが二種類ある。

次回のお知らせやイベントなど、石神さんが自ら

作ってきたものだ。

「お願いしていいかな。今日の参加人数は12人

で、点字用紙は3人です」

「わかりました」

僕はさっそく席を立ち、各々、好きな場所に

腰かけている人たちにチラシを配った。

そうして、席に戻るとまもなく会が始まった。

今日が初参加の人もいるから、まずは自己紹介を

して、それぞれの悩みや不安を打ち明ける。

日常生活を送っていて、同じ病気の人に出会う

ことはまずないから、こういった場で悩みを

共有できるのはとても有難かったし、自分は

一人じゃないと思えるのは心強かった。

二時間ほど、お喋りを交えながら情報交換を

した僕たちは、

「そろそろお開きにしましょうか」

という、石神さんのひと言で閉会した。

僕は一人、二人、と、帰ってゆくメンバーの

姿を見送りながら、石神さんに声をかけた。

「あの、ご一緒していいですか?」

よいしょ、とリュックを背負い、白い杖を

手にした石神さんが意外そうな顔を向ける。

「おや、今日は自転車じゃないんですか?」

「はい。もう、自転車に乗るのはやめたんです。

今日は電車で来たので」

「そうでしたか。じゃあ、駅まで一緒に」

慣れた手付きで白い杖を使い、すっ、すっ、と

歩き出す。僕は石神さんの後に続き、その部屋

を出ていった。

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