「みえない僕と、きこえない君と」
口に入れた瞬間、ほどよい甘さが広がって、

その後にしっかりピリッっとした辛さが来る。

辛口というよりは、やや甘めの中辛。

だけど、コクがあって美味しいから何杯でも

いけそうだ。僕は、この間買ったお揃いの

マグカップに注がれたほうじ茶を飲みながら、

弥凪に聞いた。

(カレーすごく美味しいよ。どうやって作った

の?大変だったでしょう?)

携帯に文字を打ち込んで見せると、弥凪は

ふるふると首を振る。そして、その携帯に文字

を綴った。

(そんなことないよ。このカレーは、玉ねぎと

人参を刻んでひき肉と一緒にバターで炒めたら、

後はトマトジュースで煮込むだけなの。30分

煮込んだらフレークタイプのカレー粉を入れて

おしまい)

ふふ、と得意そうに笑んで、彼女もカレーを

口に入れる。

「そっか、トマトジュースで煮込むんだ。

だからこんなにコクがあるんだね」

僕は妙に納得しながら、頷きながら、カレーを

頬張った。

そうしてテレビを付ける。

弥凪は音楽を聞くことが出来ないから、いつも

何となくテレビを付け、二人で見ながらご飯を

食べている。

地上デジタルには字幕放送が見られる機能が

ついているので、僕は弥凪が部屋に来たその日

から、テレビの設定を“字幕あり”に変えていた。

(このラーメン屋、美味しそうだね)

カレーを食べながら芸能人の食リポを見て、

携帯に文字を綴る。弥凪がそれを見て頷いた。

(うん。豚骨ラーメンだけど、さっぱりしてそう

だね。チャーシューもすごくやわらかそう)

(遠すぎて行けないのが残念だな。僕、カレー

の次にラーメンが好きなんだよね)

そんな、取り留めのない会話をしながら、

二人で食べる夕食は、一人で食べる50円引きの

弁当よりも100倍美味しかった。





いままで当たり前だと思っていた生活が、

互いの“欠けている部分”を受け入れることで、

少しずつ変わってゆく。そして、その小さな

変化が、やさしく、温かく、僕たちの恋を

育てていった。




僕は食べ終えた皿を流しへ運ぶと、洗い物を

始めた。弥凪はテーブルを拭き終え、ホワイト

ボードに向かっている。

僕たちは毎日、食後に手話の勉強をするのだ。

これからの時間は、彼女がスパルタの“弥凪先生”

に豹変し、ビシバシ手話を教えてくれる。

お陰で、僕は普通の人の2倍も3倍も速い

スピードで手話を習得していた。

タオルで手を拭きながら、部屋へ戻る。

テレビ横のホワイトボードには、ずらりと

日本語が並んでいる。僕は新しく増えた言葉を

見て、小さく息をついた。

まずは、昨日の復習から始めるのだけれど………

ちょっとうろ覚えな言葉がある。

当たり前だけれど、言葉の数だけ“手話”が

あるのだ。その数は膨大で、やはり、一朝一夕

で覚えられるものではない。
< 49 / 111 >

この作品をシェア

pagetop