最低なのに恋をした
「あの、どうして私は専務とベッドに寝ていたのでしょう…か?」

私の声はフェードアウトしそうなくらい小さくなっていく。

専務は「あっ」と何かを思い出したような、そんな表情を浮かべた。

「そっか。そうだよね。ビックリした?」

「…はい」

「タクシーに乗ったことは覚えてる?」

「はい」

そう、そこまでは覚えてる。そのあとは…

「最初に安西さんのマンションに向かったんだけどね」

「はい」

「安西さんぐっすり寝ちゃっててね。どんなに起こしても起きないから、俺のマンションに連れてきちゃった」

専務の言葉に血の気が引く。
「申し訳ありません」
思い切って頭を下げる。

「俺は安西さんを連れて帰る理由ができて嬉しかったけど」

目を細め優しく笑うその顔は色気が漏れてしまっていて、ドギマギしてしまう。

その発言はセクハラです、なんてこの状況では言えない。

「それは半分冗談だけど」

え、半分?

「このマンションに着いても全然起きないから、ベッドにそのまま寝かせちゃった」

上司に、しかも専務に多大なる迷惑をかけた事に間違いない。

「申し訳ありません…」

俯きながら謝罪する。

「俺はリビングのソファで寝るつもりだったんだけど、寝る前に安西さんの顔を見にきたら寝ぼけた安西さんに腕掴まれて」

私に腕を掴まれて…セクハラしたのは私なんじゃ…

「そのまま俺も隣に寝ちゃった」

「申し訳ありません…」

自分の行動が残念すぎてガッカリする。

「何かあったと思った?」

イタズラ少年のように無邪気な笑顔を私に向けてくる。

「いえ、あ、はい、いえ」

専務の無邪気な笑顔に、パニックになりかける。

「シャワーどうぞ」

「いえ、私帰ります」

専務の家で、秘書である私がシャワーを浴びるなんてことはできない。

冷静に、落ち着いて、私は秘書。
心の中で唱える。

「朝ごはん、一緒に食べよう。今日は俺がつくるから」

「専務が?」

帰る、と言っているのに専務の“朝ごはん”という言葉に反応してしまった。

「そう。簡単なものだけど。だから、早くシャワー浴びて」

専務は急かすように私に言う。

「でも…」

そう言いながら、ベッドから立ち上がりバッグを探す。

「いかにも朝帰りしました、っていう感じだけど」

専務の言葉にドキリとする。
自分が今どういう格好をしているか考えていなかった。

化粧も崩れているだろうし、髪もボサボサだろう。そして何より着ている服はシワシワだ。

これではタクシーに乗るにしてもだらしなさすぎる。

「ね。その格好で外に出られたら俺が心配するから。まずシャワー浴びて」
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