最低なのに恋をした
私は驚きで目を見開く。室長に確かに聞いたけれど、本人の耳に入っているなんて夢にも思わなかった。

私が口を開こうとしたけど、ほんの少し専務の方が速かった。

「室長、まさかそんなこと聞かれると思ってなかったからビックリしたって言ってたよ」

「そう、ですか」

気の利いた言葉は浮かばない。私もビックリしている。

「納得してくれた?安西さんがいい理由」

甘い雰囲気をダダ漏れさせながら専務は首を傾げる。

「…納得は」
私は頭の中で考えようとするが、うまく纏まらない。
「納得は?」

専務は私から目を逸らさない。その瞳に見つめられて“納得できない”と抵抗できる女性いるだろうか…

私は頷いていた。降参だった。
秘書だとどんなに言い聞かせても、真っ直ぐ見つめられたら心の中まで見透かされるようで。

私の中にある専務への気持ちを隠し通せるとは思えなかった。

「父がお見合いを断って謝罪したのは最もだと思う。トラブルの内容が酷すぎる」

それはまぁ確かに…と客観的に見れば私もそれは思う。

「でも俺の気持ちは、安西さんがいい」

見つめ合ったまましばしの沈黙が流れる。そして。

「…私も専務がいいです…」

真っ直ぐ見つめられハッキリとそう言われて、私も気づけば自然にそう口にしていた。

専務が驚いたように目を丸くし一瞬止まる。
そしてみるみる笑顔になった専務の顔が近づいてきた。

「!?」
一瞬の柔らかい感触。チュッというリップ音。
なんの前触れもなくキスをされた。

顔が離れていってもなお私は固まったまま。顔がカッと熱くなる。
専務は満足そうなうれしそうな表情を浮かべている。

「なんで…?」

「キレイだったから」

答えになっていない答えをサラッと言ってしまう専務を怒るどころか、もう一度その唇の柔らかさを確かめたいと思ってしまう私は、自分で思うよりもずっと専務の方を好きになってしまっているのかもしれない。


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