最低なのに恋をした
少しでも早くこの話を切り上げ、副社長の前から立ち去りたかった。

副社長には息子がいる。その息子は現在他社で働いているが、副社長としては将来佐田コーポレーションの社長にと考えているのではないかと室長が言っていた。

そのためには、専務の存在が邪魔なのだ。
といっても、その息子さんの気持ちはどうなのだろう。

「そうか。時間を取らせたね」

副社長はあっさり引き下がった。
その表情からも何も読み取れなかった。
失礼を承知でいえば不気味だった。

「いえ」

応接室を出てから、室長に報告するべきか考える。
副社長は専務を次期社長に相応しくない事を訴えるため、女性とのトラブルがないか調べているのだろう。

副社長の息子も次期社長に就任したいのだろうか。副社長の独りよがりではないのか…なんて考えたところで私にできる事は専務が業務をスムーズに遂行する事ができるようにサポートするだけ。

私との関係も知られない方がいいだろう。
副社長の動きに要注意だ。


専務のマンションでの朝食づくりも慣れてきた。
けさのコーヒーは会社の近くに新しくできた珈琲屋さんの豆で淹れた。
コーヒーの良い香りでリビングが満たされる。

コーヒー豆に拘りのない専務が珍しく「飲みたい」と言ったので昨日のお昼休憩の時豆を買ってきたのだ。

今日のおむすびはツナマヨ、お味噌汁はなめこに椎茸などのキノコをたくさん入れたキノコ汁だ。

「おはよう」

ダイニングテーブルに料理を並べたところで、専務が眠そうな顔でリビングに入ってきた。

「おはようございます」

専務は私に近づいてきてギュッとハグをした。
専務の熱がジンワリ伝わって心地いい、のだけれど…すぐに離れていく。

あー、今日もすぐに離れた…なんて思っていることが顔に出ないように気をつけるのも段々と切なくなってきた。

「専務、朝食の準備はできているので、早く準備をしてきてください」

私は切なさを隠すように、お母さんのように急かしてみる。

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