なぜ婚約者なのか説明書の提出を求む
六月上旬……。

今枝 玲於奈

 六月上旬……。

 今枝玲於奈専務は、いつものように秘書坂元伊織と取引先である国立病院に来ていた。

 北里院長との話を終えて
「それでは宜しくお願い致します」

「いつも専務直々に来てくれて私も安心しているよ」

「この病院は家にとって一番の取引先ですから、当然の事です。では失礼致します」

「ああ。またいつでも顔を出してください」

「ありがとうございます」


 院長室を後にした。

「流石こちらの院長は尊敬出来る医者の鑑のような方ですね」
伊織秘書は言う。

「ああ。僕も色々な病院長と話をさせて貰ったが、ここの院長は別格だと思うよ」

「そうですね」

「こういう病院との取引は大切にしていきたいと思ってる」

「はい」


 玲於奈は普段は運転手付きの社用車は使わない。

 まだ三十歳の若輩者がいくら専務取締役でも、社長の息子だから偉そうにしていると陰口を叩かれるのは予想がつくからだ。

 それに伊織の運転を信頼している。
 学生の時からの長い付き合いだ。性格も運転技術も申し分ない。
 何より気心が知れている。


 病院の来客用駐車場から車を出す。

 いつもの何でもない情景……。


 赤信号で停車した。


 すると目の前の交差点で小さな赤ちゃんを抱っこして、二歳くらいだろうか? 男の子と手を繋いだ若い母親……。
 
 まだ青信号だけれど、渡り切れないと判断したんだろう。横断歩道を渡らずに待っている。

 玲於奈は微笑ましく見ていた。

 次の瞬間……。

 その男の子は手を離して道路に飛び出した。
 左側から車が減速もしないで走って来る。

 
 玲於奈はドアを開けて飛び出した。

「キャーッ」
母親の悲鳴……。

「専務。玲於奈!! れおなーっ!!」








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