誘惑の延長線上、君を囲う。
「スカート脱いで」

「……え?」

「佐藤が慰めてくれるって言ったんだから、脱いで見せてよ」

「……うん」

急に両腕を解き放してソファーから降りたと思えば、クスッと静かに笑うと私に指示を出して来た。歴代の彼氏の前だって、自分からは脱いだ事なんてない。躊躇いはしたが、立ち上がり、スルりとスカートを絨毯に落とした。

「……ベッドに行こうか?」

私は頷き、差し出された日下部君の手を取った。

偽りの恋、儚くて切ない。それでいて、濃厚で甘い時間。

「あ、きば……」

日下部君の口から零れた名前。私じゃない、知らない誰か。

「……シャワー、浴びてくる」

日下部君は行為が終わった後、違う名前を呼んだ事すら忘れたかのようだった。私の唇に触れるだけのキスを落としてバスルームへと消える。

まだ身体は火照っていて、日下部君の温もりが残っている。ベッドの上に横たわり、自分自身の身体を両腕で交差して抱き締める。

私は日下部君に抱かれたんだ。余韻に浸りながら目を閉じた時、日下部君が果てる前に言った名前を思い出す。

確か、私の事を"あきば"と呼んだ気がする。あきばさんは日下部君の想い人だろうか?

慰めてあげる、と言いながらも私自身とは異なる女性の名前を呼ばれると胸が締めつけられる。行為の最中、日下部君は私の事を想い人と重ねて見ていたのだろうか?

抱かれて嬉しかったはずなのに止めどなく虚しくて、切なかった──
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