私の婚約者には好きな人がいる
清永商事を潰そうとする可能性もある。
そして、婚約もなくなる。
むしろ、惟月さんにとっては私との婚約はないほうがいいに決まっている。
けど、私はまだ諦めきれず、今日、聞いたことが嘘であってほしいと願っていた。
心のどこかで。

「まだ……本人から聞いたわけじゃないから…」

顔を洗い、メイクを落としたバスルームの鏡に映った自分の顔は泣き出しそうな顔をしていた。
気分を上げるためにお気に入りの薔薇のバスソルトを選び、お湯に溶かすと甘い香りがバスルームに満ちた。
甘い香りに包まれると、ようやく肩の力が抜けた気がした。
白い湯気と熱いお湯が心地よく、体を癒していく。
目を閉じれば、眠ってしまいそうだった。

「そうよね……。初日だもの。これから先、どうなるかはわからないわ」

自分に言い聞かせるようにぽつりとつぶやいた声は広いバスルームに響いて溶けていった―――山の手にある私の家のバスルームからは町の夜景が見える。
明日も私はあの町の中にある会社へ行く。
惟月さんに会いたいという気持ちはなくなってはいなかった。
まだ。
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