お嬢様は恋したい!
「それじゃ、ごちそうさまでした。」

ラーメン屋の前で挨拶をして、歩き出そうとすると手首を掴まれた。

「は?」

「遅いから送る。」

ぶっきらぼうだし、メガネの奥の目は笑っていないから何を考えているか分からない。

「いいです。まだ電車で帰れます。」

「行くぞ。」

手首を掴まれたまま、引っ張られて歩き出した。

「主任?」

「何?」

「あの…痛いです。」

私が言うと自分の右手が私の手首を掴んでいるのを見て、慌てて手を離した。

「悪い。」

「いえ…」

それきり黙ったまま、一緒に電車に乗り、4つ先の同じ駅で降りた。

「主任、もうすぐそこだから大丈夫ですよ。」

「いい、ちゃんと送る。」

駅から10分かからない寮の入口に着いてしまった。

「ここです。ありがとうございました。」

派遣会社ソラーレの寮は、地方出身者やとりあえず住むところがない社員のためだから、築年数がかなり経っているボロアパートだ。

家賃タダだから、あまりいいアパートだとみんなが出て行かなくなるので、これでいいと美月さんは言っていた。

ワンルームと言えば聞こえはいいが、畳敷きの6畳一間に狭いミニキッチン、風呂トイレ共同の古き良き時代を感じられるアパートだったりする。

「え、ここ?」

「はい。」

「大丈夫なのか。」

「これでもちろん派遣会社の寮なので、入居者は身元が分かっていて安心ですよ。」

私が笑うと鈴木主任は、かわいそうな子を見るような顔をする。

「また、飯奢ってやるからな。」

私の頭を優しく撫でるとそう言って帰って行った。













< 10 / 85 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop