水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~



 それから、蛇神神社が完成するまでにそう時間はかからなかった。それに比例するかのように、矢鏡神社はどんどん廃れていった。矢鏡神社の管理は、優月だけが行っていたわけではない。神主も不在になり、神社の境内はずっと同じまま、何か壊れたとしても男手はないため、優月が必死に直そうとするが、それも上手くは出来ずにいた。
 それに矢鏡神社は優月の留守を狙って、破壊行為をする人もいた。そのため、日に日に荒れ果てたのだ。

 神社と同じように、優月の体にも異変が現れ始めた。心労がつもり積もったのだろうか。倒れてしまったのだ。
 自分は生かされ過ぎているほど生かされた。だから、そろそろ死んでもいいのではないか。この時代の平均寿命より遥かに長い年数を生きているのは、やはり左京か守ってくれていたからだろうと優月は思っていた。それには感謝しているけれど、死んでから左京に会えるのならば、死ぬのも怖くはないな。そんな風にいつも考えていた。

 体が軋み、目眩がして、高熱も出ていた優月は、数日うなされ続けた。一人で暮らすというのは自由であるがこういう時に寂しくなるものだ。食事もとれず、薬も飲めずに悪化していくばかり。
 あぁ、本当に死ぬのだなと熱に浮かされながらに、そう悟っていた。


 そんな時だった。
 何もなかった夢に突如として、白い靄があらわれた。それは次々と細くなりウネウネと動いている。蛆虫のように見えて、優月は悲鳴をあげそうになったが、それが次々に集まり、気づくと巨大な白蛇に変わっていたのだ。

 巨大な躰は雪のように真っ白な鱗がキラキラと光っている。その中に、日の丸のように目立つ真っ赤な瞳があった。そして、優月はすぐに理解した。
 これが、優月の妹を喰らい、左京を痛めつけ、殺してしまった巨大な蛇だ、と。


 「おまえが、妹や左京様を殺した張本人。そんな蛇な私の夢に何用だ……」


 威嚇するように低い声を出して優月は蛇に話しかける。
 出会った事もないのに、この化け物は会話が出来るとその時何故かわかっていた。



 『ワタシニ食ベラレルハズダッタ、弱キムスメ。独リデ死ンデイク哀レナ人間ニ私ガ慰メヲクレテヤロウ』



 巨大な化け物の蛇は、そう言って優月に提案を持ち掛けた。
 殺してしまいたいほど憎い相手の話を耳に入れたくもなかった。

 だが、それは優月にとって口から手が出るほど欲しいものであったのだ。





  
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