水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~




 そう言って、自分の右手の左指にある指輪を彼に見せる。小さな花が集まってさく沈丁花がかたどられた指輪だ。
 男子学生はその話を驚いた表情で聞きながら、香月の指輪をまじまじと見つめた。


 「沈丁花の香りがした気がしたんだけど。裏庭に沈丁花の木ってあるかな?」
 「………先生の名前、何て言うの?」
 「え?」
 「俺は鏡音(かがね)。ねぇ、先生の名前教えてよ。じゃないと、離さないよ」
 「な、何でそうなるの?!」
 「だって、なんか「やっと見つけたー」って思っちゃって。先生も、そんな感覚ない?」
 「それは………」


 もしかして、彼も自分と同じなのだろうか?
 彼と会ってから、胸が騒めく。けれど、不安ではなく安らかな気持ち。
 少し前にとある神社で発見された「矢鏡と月の物語」神話を呼んだ時のように、胸が高鳴るのだ。
 神様と人間の女の恋物語。作者は不明だが、最近発見されたその物語は、考古学だけではなく古文としても注目を浴びているのだ。
 その物語を呼んだ時も胸が苦しくなり、泣き続けた。
 その感覚を、今も感じるのだ。


 「先生、名前教えて。沈丁花が導いてくれたんだからさ」
 「…………私の名前は………」


 年下で、少し生意気な生徒との出会い。
 それが、全ての物語と繋がった瞬間だと、2人は気づくはずもなかった。

 これは人間同士の恋物語の始まり。
 神様が語り続けた、物語の続きのお話。


 
 
               おしまい                            
 
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