水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~





 「ん、んッ!!」


 息を塞ぐように覆われたそれにより、紅月は息苦しくなりダメだとわかっていたが、薄目を開けてその原因を確かめようとした。
 最初に目に飛び込んできたのは、銀色の雲と満月。まるで、かぐや姫の世界のように古風で神秘的な朧月だった。けれど、それは本物の夜空ではない事はすぐにわかる。
 目の前いたのは、矢鏡。そして、彼の冷たい唇が紅月の唇を塞いでいたのだ。
 矢鏡にキスされていたのだ。

 驚きのあまり、口が開くと、口づけは更に深いものになる。初めての感覚に戸惑いながら恥ずかしさから矢鏡の体を押そうと手を動かそうとした。

 が、冷たいものが喉を通っていくのがわかり、紅月は「うっ」と体が前のめりになる。それを矢鏡は力強く支えてくれる。
 ついに喉元から、その冷たく不快感を感じるモノが出た。その瞬間、ごくんッという嚥下する音が近くで聞こえた。
 もちろん、それは目の前の彼から聞こたのだ。


 「え……………。や、矢鏡様?な、なにを……」
 「これで、邪気払いは終わり、だな……」
 「え、や、矢鏡様ッ!?」


 紅月についていた呪いが払い終わった事を告げた矢鏡は、にっこりと笑った後、ぜんまい仕掛けの人形がパタリと動かなくなるように、一瞬で体の力が抜け、そのまま裸の紅月の方へと倒れ込んできたのだ。
 冷たい体をやっとの思いで支えながら、紅月は「矢鏡様!?どうしたんですか?矢鏡様?」と悲鳴にも近い声で何度も呼び続けたが、夜が明けても矢鏡が目を開ける事はなかったのだった。





 
 
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