水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~



 そう。この日は、仕事を休んで神社にお参りデートだった。と、いっても、矢鏡は自分の家に帰るようなものだったが。
 昨日から梅雨入りしたとニュースで報じられたが、今日は雨が降る予報はなく、1日を通して曇りマークが並んでいた。そのため、紅月はお気に入りの花柄のワンピースに身を包んでいた。
 神社にお参りする時は、神様に会うのだから、きちんとした服装を。それは、昔から両親に教えて貰っていた事。けれど、今回はそれだけが理由ではない。
 矢鏡だけが楽しみにしていたわけではない、という事だった。


 矢鏡に呪いを払って貰ってから、2人の距離はぐんッと近くなったように思えたのだ。
 朝は一緒に起きて、「おはよう」と笑顔で挨拶をし、会社に行く紅月を見送ってくれる。帰りは散歩がてらに矢鏡が駅まで迎えに来てくれるので、そこから2人で帰るのが日課だ。弁当屋から貰ったお惣菜を食べたり、矢鏡が覚えたという料理を食べたりと、夜の時間もゆっくりと過ごしていた。
 ずっと1人で暮らしてきた紅月にとって、家族ではない人と一緒に過ごすと言う時間はとても新鮮で、楽しかった。些細なことで笑ったり、怒ったり、「綺麗」「楽しい」と感じられるのが、一人の時以上に感情が高まるのだと初めて知ったような気がした。
 その相手が矢鏡だから。余計にそう感じるのかもしれない。

 今日のお参りは、デートという目的が大きくなっているのを、紅月は気持ちの高ぶり方から感じていた。




 新幹線から降りた2人は、路線バスに乗り、終点近くの停留所で降りた。
 久しぶりという事もあり、紅月はいろいろな場所を写真に残した。駅やバス乗り場など、行く先々でスマホに矢鏡神社までの写真を収めていった。
 紅月の家は駅の近くにあるが、今日は実家には寄らないつもりだった。目的は矢鏡神社の参拝だけだ。
 田舎の駅の更に奥深く。田んぼや畑が増えてきた頃。紅月の目的地が見えてくる。といっても、神社が姿を現すことはない。神社がある山の入口に到着しただけなのだ。
 そこには、階段だったもの現れる。というのも、整備されていないため石はボロボロになり雑草も膝ぐらいまで伸びている。きっと、ここに階段があったと知らなければ、ただの山の入口としか思わないはずだ。


 「俺が抱き上げて連れていくか?」
 「いえ。それじゃあ、参拝しにきた意味がなくなるので、大丈夫です。いつも、登っているので」
 「そうだが。無理はするな」
 「はい」


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