パパか恋人かどっちなのはっきりさせて!
23.卒業記念夕食会誘惑未遂事件―酔った振りして誘惑してみた!
私は無事に調理師専門学校を卒業して調理師免許を取得することができた。いや、指の怪我があった。

卒業式のあった次の週末にパパへの感謝のために、卒業記念謝恩夕食会を開くことにした。主賓はもちろんパパ一人でフランス料理風?のフルコースを作ることにした。「風」とつけたのは全部手作りできないのと材料費を安くするので味付けで勝負するためだ。

それから出来上がったものを二人で一緒に食べることにしている。せっかくだから二人で味わって食べたい。でも一人二役は大変そうだけど、頑張ってやってみることにした。

土曜日の午前中に私はひとりで自由が丘まで食材の買い出し出かけた。パパは駅の近くのスーパーでお祝いだからと赤と白の少し高価なフランスワインを買ってきた。私がようやく卒業して一人前になったので、今日は二人でゆっくり飲んで少し酔ってみたい気持ちはよく分かる。

私は昼過ぎから料理の下ごしらえを始めている。パパには何もしないでただ席に座って出てくる料理を一緒に味わって食べてほしいと言ってある。忙しそうにしていても手伝わないでほしいと言ってあるので、私の準備の様子をソファーから見守ってくれている。

パパには昨日のうちにフルコースのメニューを渡してある。オードブル(前菜)、パン、スープ(コンソメ)、ポワソン(魚料理)、ソルベ(お口直し)、ヴィヤンド(肉料理)/レギューム(肉料理と供されるサラダ)、フロマージュ(ブルーチーズ)、デセール(ケーキ)、コーヒーを予定している。

5時にはすべて準備ができたので、始めることにした。まず、冷蔵庫で冷やしておいたオードブルを運んでいく。パンはここでは焼けないので美味しいお店から買ってきたものをバスケットにいれて出した。

オードブルは3品作った。一品一品はほんの少ない量だけど、一品ごとに手をかけて作ったので、詳しく説明する。

パパは熱心に聞いてくれている。いや、聞いているふりをしている?「どうぞ召し上がって下さい」と言うと、すぐに食べる。まるで、犬がご馳走を前にお預けをさせられていたのと同じだ。

パパは白ワインを飲みながら食べている。すぐに食べ終わった。本当に味わって食べてくれたのだろうか? 私は白ワインを飲まない。飲むと後々大変なことになるのが分かっている。パパはそれが分かると私の白ワインも飲んでいる。

「もう少し味わってゆっくり食べて下さい!」

「ごめん、お腹が空いていた」

「どうだった?」

「美味しかった」

「それだけ?」

「いろんな味がして味付けに深みがある」

せっかく一生懸命に作っているのに、本当によく味わって食べてくれているのか分からない。これ以上感想を聞いてもしかたがないとあきらめて、スープの準備に取り掛かる。

もうできているので、温めるだけでいい。スープ皿に丁寧に注ぐ。結構手間をかけたので説明する。今度こそ味わって飲んでもらいたい。パパは早く飲みたいのか、頷きが多い。

「そうぞ、召し上がって下さい」というと、スプーンでそっとすくって口に入れている。美味しいとみえて、味わって飲んでいる。

「どう?」

「美味しい。本格的なコンソメスープだ。コンソメの素でつくるのとは全く違う」

「当たり前でしょ。ほかに言い方はないのかしら」

もう、あきれて返す言葉がない。見ているうちにスープ皿は空になった。私は出来を確かめるようにゆっくり飲んでいた。まず、まずの出来だ。

パパはと見ると、もう次の料理が出てくるのを待っている。ポワソン(魚料理)は鯛をつかった料理にした。オーブンレンジで温めてから出した。お腹が空いているみたいだからあえて説明は簡単にした。どうぞというとすぐに食べ始める。

「味はどうですか?」

「鯛の皮のパリパリ間がすごくいい。鯛の本当のうまみが引き出されていて美味しい」

パパが今度は自信がありそうに答えた。待っている間に考えていた? 私も食べてみる。

「そうね。まあまあね」

これもパパはすぐに食べてしまった。食べるのが早いこと。私は作って配膳してから食べるので時間がかかっている。それに出来をチェックして食べているから時間がかかる。

口直しのソルベを運ぶ。これは買ってきたものでモモとブルーベリーの2種類だ。やはり口直しにはアイスクリームよりもソルベがすっきりしていい。

「美味しいソルベだね。もう少しないの?」

「残りは後でお風呂上がりに私がゆっくり食べるから」

「そうなの」

ここまで食べたので、パパもお腹が落ちついてきたみたい。パンも結構食べていた。次はメインのヴィヤンドとレギュームだ。パパが赤ワインを二人のグラスに注いでいる。もうこれで料理も終わりだから私も飲むと思ったのだろう。

葉物を中心としたレギュームを運ぶ。ドレッシングを作り忘れていた。考えてはいたのだけど、お肉のソースを作るのに時間がかかったので忘れてしまった。これから作るのもなんだからいつもの市販のドレッシングにした。容器だけ洒落た入れ物にした。

パパはドレッシングをかけて食べている。私は肉を焼いている。最高級の肉を買った。一度買ってみたかったお肉だ。でもあまりにも高くて少量しか買えなかった。焼きあがったのでソースをかけて運ぶ。

パパは小さいお肉を見て、なんだそれだけというような顔をしている。

「最高級の肉を買ってきたから小さめですが、食べてみてください」

パパは小さいお肉を今度は少しずつ味わって食べている。

「とても美味しいお肉だね。高いだけあるね。でもこの倍くらいは食べたいね」

「安いお肉ならね。これは高くてとても無理。でも一度食べてみたくて買ってみたけど、もう少し安いのにすればよかった」

「ソースがよくできているからそれでもよかったかもしれないね」

ソースを褒めてくれた。確かにもう少し安い肉でもよかった。次からはそうしよう。

「このドレッシングもなかなかよくできているね」

「ごめんなさい。それ、いつも買ってきているドレッシングなの。ソースをつくのに夢中になってドレッシングを作るのを忘れていました」

パパがそれを先に言ってよと言わんばかりの顔をした。料理がおいしいとドレッシングも美味しく思えるのかしら。よしよし。

もう、料理はこれでおしまい。私も赤ワインのグラスを口に運んで一口飲んだ。美味しいワインだった。この料理にぴったりだ。もう一口飲んだ。

フロマージュはブルーチーズを買ってきておいた。パパが好きな銘柄で時々テレビを見ながら水割りを飲むときに食べているものだ。私も気に入っていて、時々そばに行ってつまんで食べていた。赤ワインにも実によく合う。

私はグラスの赤ワインを空けた。ここは自宅だから、酔っぱらっても帰りの心配はない。パパが介抱してくれるし全く問題はない。むしろその方が好都合だ。それを狙っている。

デセールは買ってきたチーズケーキとモンブランを出した。一人で2個は多いので、半分ずつ食べることにしてある。コーヒーはコーヒーメーカーで作って入れた。これで全ておしまい。

ホッとした。私はパパの隣に座った。そして寄り掛かる。少し酔いが回ってきたみたい。パパも少し酔ってきているみたいで、お互いに寄り掛かってバランスを取っている。このひと時がなんとも言えない。

「ありがとう。僕のために作ってくれて、本当に美味しかった」

「手抜きもあったけど、学校へ行かせてもらった成果をみてもらいたかったので、美味しいと言ってもらえて本当によかった」

「後片付けは僕がしてあげよう。もう少ししたら始めるから休んでいて」

「いえ、私がしますから。しばらく休めば大丈夫ですから」

もたれ合って坐っていたらすこし眠ったみたいだった。パパも白ワインをグラス3杯、赤ワインもグラス2杯は飲んでいた。

パパが後片付けをしようと立ち上がったので、寄り掛かっていた私も気が付いた。

「後片付けは私がします」

立ち上がろうとするけどよろけた。これ幸いとパパに抱きついた。パパは私を受け止めてソファーに座らせてくれた。

「ごめんなさい」

「いいから、いいから、休んでいて」

パパはキッチンに行って後片付けを始めた。洗い物には慣れているみたいで、食器を洗って洗い籠に入れている音が聞こえる。その音を聞きながら眠ってしまった。

「久恵ちゃん、部屋で寝た方がいいよ」

「ええ」

パパが抱え起こして部屋まで連れていってくれた。部屋には布団を引いておいた。私がパパの買ってきたワインを飲んで酔っ払うことを想定しての準備だった。この前の時と同じシチュエーションになることは容易に想像できたし、そうなるように赤ワインのグラスを空けた。

パパはお布団を敷いてあったことを何とも思わなかったのだろうか? 私の覚悟を察しなかったのだろうか? 布団をまくって「このままでいいか?」と言って、私をそこへ横たえようとした。今日はゆったりしたワンピースの部屋着を着ていた。

この前の時と同じだ。私は力一杯「パパ大好き」と言ってしがみついた。私は恥ずかしかったので目をしっかりつむっていた。

それが悪かったのかもしれない。ホテルのレストランで会食した時も帰って来てからこうだったから、パパは飲んだらいつもこうなると思ったみたい。

そっと首に回した手をほどいて、私を寝かしつける。私は力を抜いてそれにあえて抵抗はしなかった。掛布団をかけて、頭を撫でて「今日は本当にありがとう。おやすみ」と言って部屋を出ていった。

どうして、あの時、目を開けてしっかり、もう一度「パパ大好き」と言って抱きつかなかったのだろう。後悔してもしきれない。

そうしたらパパはどうしていただろう。私を抱き締めてパパのものにしただろうか? 分からない。

でも、その勇気が私にはなかった。

そうはしても、パパのことだから、私を抱き締めて「僕も大好きだよ」と言って、私を寝かしつけていたに違いない。

その時、私はきっと大声で泣いただろう。そうなったら、引き返せない。もうとてもパパと一緒にいられないし、いたくない。

それが怖かった。
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