青い夏の、わすれもの。
「深月さん」


朝吹くんが私の目の前の席に腰を下ろす。


「泣いていいよ」

「えっ?」


私は顔を上げた。

朝吹くんと目が合う。

まるで星が宿る夜の海のように美しい瞳...。

覗き込めば、吸い込まれそうな、そんな引力を感じる。

だから、私は...反らす。

でも、彼はそれを許さない。


「泣きたいって顔してる」

「してないよ...」

「いや、してるよ」


首を大きく真横に振ると、朝吹くんの手が頭に乗った。

私は揺らぐ視界を必死に元に戻そうとした。

けど......

もう限界だった。


「泣いていい。とにかく今は泣きなよ。後で話はじっくり聴くから」


その言葉にすがるように、私は心の底から溢れる想いを形にしたその雫を何滴も何滴も無機質なテーブルに落とした。

テーブルが拒むから、少しずつ増えていく海を、朝吹くんはただ見つめるだけだった。

溢れて溢れてやがて海になってもいい。

そう思ってくれているのだろうか?

私が涙を充填させた瞳を向けると、朝吹くんはそよ風のように爽やかな笑みを溢した。

私の涙を彼が全部笑顔に変えてくれた。

満天の星空を映し出した海がそこには確かにあって、私はその海に溺れた。

歪む視界のその先にある世界に手を伸ばしたくなった。

底に沈む前に手を伸ばしたら掴んでくれるだろうか。

星に願えば、願い事を叶えてくれるだろうか。


何も分からない...。

分からないけど、今はただ、

ただ、少しでも気持ちが軽くなる方に舵をきりたくなった。


私は...呟いた。


「ビビンバ...食べていいよ」

「うん......ありがと」


彼はブザーを持ち、席を立った。

私はその背中をただ見つめていた。
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