【完】この愛を、まだ運命だとは甘えたくない

珈琲を飲み終えた彼は私服姿のまま仕事の準備に取り掛かった。 その間もちらちらとこちらを気にかけてくれるのを感じた。

それは今までに感じた事のなかった柔らかい眼差しだ。

「あのー…伊織さん?」

「どうした?一応昼から会議が入ってる。余りゆっくりはしていられない」

「そ、それはすいません!」

「別に謝る事じゃない。 この一ヵ月は確かに忙しすぎた。
やっと念願だったお店の開店準備を始めたのと同時に結婚も同時進行だったからな。
確かに君の言う通り二人の時間が余りになさすぎた。 けれど仕事も一旦落ち着いた。
だから君のリクエスト通り、一日一回は食事を一緒に取ろう」

ふわりと笑った伊織さんの右手が私の頭の上に降りてきて、ぽんぽんと優しく撫でる。

「ご飯を?」

確かに一ヵ月この広いタワーマンションで私は朝昼晩一人で食事を取り続けた。
それは少しだけ寂しかった。

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