【完】この愛を、まだ運命だとは甘えたくない
言い方はアレでも伊織さんの気持ちが嬉しかったからにこりと微笑んで彼を見つめる。
するとまた彼は不思議そうにブラウンの大きな瞳を細めたんだ。 ごほんと一つ咳払いすると、鞄を手に持ち玄関へと向かおうとする。
背中越し彼の小さな声が聴こえる。
「帰る前に携帯に連絡する。
じゃあ、行ってくる。」
「はい…! 行ってらっしゃい!」
随分前に互いの連絡先を交換したけれどそれを使った試しは一度もなかった。 …だって用事もなかったし。
それに行ってらっしゃいの挨拶をするのも初めてだった。
彼が居なくなった先の玄関の扉を見つめ、胸が少しだけ高鳴った。
少しだけ彼を誤解していたかもしれない。
血も涙もない冷血漢。 自分の目的の為だけに私との婚姻を了承した人。
でも本当に血も涙もない人だったら、昨日酔っぱらって暴君になった私を介抱したりしないだろう。
こうして婚姻関係を結んで一ヵ月、私達はたった一つだけ約束をしたのだ。