Forever Dreamer


 真弥の思い出は小学6年生にまで遡ることになる。

「ねぇ、葉月は遊ばないの?」

「え?」

 昼休みに自分の席に座ってぼんやりしていた真弥は、突然声をかけられて、きょとんとしてしまった。

 真弥に声をかけてきたのは、同じクラスの男の子。春にクラス替えもあり、まだ全員の名前も覚えていない。

 元来人見知りで、友達を作るのも苦手な真弥のこと、学年全体を通じて顔を合わせたことのない同窓生も少なくない。

「うん、わたし、こんな体だからね……」

 胸に手を当てて、小さな声で話す真弥。

「そっか、学年に体が悪い子がいるって言ってたの、葉月の事だったんだ」

「なんでわたしのこと? こんなに目立たないのに……」

「体育だっていつも見学じゃん。先生も何も言わないし、何かあるって思ってたけど、そっか……。ごめん」

「謝らないで? わたしこそ一緒に遊べなくてごめんね……」

「気にするなよ。帰るのは一緒で平気?」

「うん、それならいいよ」

 真弥は初めて声を明るくして答えた。


 放課後、真弥と男の子は二人で学校を出た。

 彼の名は坂本(さかもと)伸吾(しんご)。今まで一緒のクラスになったことはなかったけれど、真弥のことは知っていた。

「そっか、生まれつきか……」

「うん、あきらめてた。遠足だって一度も行ったこと無いんだよ…」

「違うクラスだったから気が付かなかったけど。修学旅行もダメ?」

「うん、お医者さんも勧めないって。何もなければいいけど、もし発作とか起こしたらみんなに迷惑かかるし」

 恐らく初めて他の子に本音を話したのではないだろうか。

 普段の生活をしていれば問題はない。時々起こる発作になると急を要するから、地元を離れられないと。

「でもね、よく頑張ったって言われる。いつ動けなくなるか分かんないって話されたことあるし……。今は手術ができるようになるまで大人しくしているしかないって」

 彼は真弥がいつも学校で走ることすらないことを思い出す。

「そうなんだ……。だからあんなにひどいこと言われても……。悔しいのに」

「でも仕方ない。本当に動けないわたしが言ったって…」

 いつの間にか、二人は学校の帰り道にある住宅の空き地の前まで来ていた。

「でもね、ここにはよく来るんだよ。晴れた暖かい日だけどね」

 そこで初めて、伸吾は真弥の笑った顔を見た。

「へぇ、葉月ってそんな顔して笑うんだ…」

 彼女は学校ではほとんど笑わない。

 いつも隅の方で一人で大人しく本を読んでいるから、表情を見せることがない。

「え? 恥ずかしい。そんなに見ないでよぉ」

 顔を赤らめる。友達にも、ましてや男の子になんて一度も言われたことがない。家族以外で、彼女の笑った顔を見るのは彼が初めてだろう。

 まだ夕焼けが明るかったので、二人は空き地に積み上げてあるブロックの上に座った。

「葉月はどこか遊びに行くことはないの?」

「あるよ、三沢公園ってあるよね? 時々お姉ちゃんと遊びに行くの。そのくらいかな……。遠出もできないからね」

「つまらなくない?」

「仕方ないよ。いつか自由に遊んだり旅をするのがわたしの夢」

「治んないの? それって…?」

 伸吾が訊ねると、真弥の顔が曇った。

「ごめん、言いたくないならいいんだけど」

「ううん、手術をすれば……。でも、今のわたしにはまだ無理みたい……。それに……」

「それに?」

「難しい手術なの。ベッドに寝たきりになるかもしれない」

 真弥の悲しそうな顔を見ると、何も言えなくなってしまう。

「ごめんな、変なこと聞いて」

「ううん。わたしだって自分で分かってる。手術しても平気なくらいまで大きくなったら、ちゃんと受けるつもりだから」

 真弥の顔が見慣れたものに戻ってしまう。

「ここまで帰ってきてたのね」

 すぐ近くで、聞き慣れた声がした。

「あ、お姉ちゃん、おかえんなさい」

 すぐ隣に、私立中学の制服に身を包んだ美弥が立っていた。

「わたしのお姉ちゃんだよ」

 真弥は立ち上がると、そんな姉にギュッと抱きついた。

「こんな所でやらないの。こちらは? お友達?」

「うん、坂本君っていうの」

「そう、はじめまして。いつもこんな調子だから学校で大変でしょう?」

「い、いや、葉月はいつも大人しいから…」

 彼は正直驚いていた。クラスメイトの中でこんな真弥を見るのは初めてだろう。

 普段は話すことも笑うことも少ない。それが、姉の前ではこんなに満面に笑いを浮かべて甘えている。これが葉月真弥の本当の顔なんだと。

「今日はもう遅いから、帰りましょう。坂本君って言ったっけ? 妹のことお願いね」

「うん…」

 美弥に連れられて帰っていく真弥を、彼は角を曲がって見えなくなるまで見ていた。
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