劇薬博士の溺愛処方

 もう知らない! ぷりぷり怒りながらしわひとつない白衣の裾を翻し、三葉は彼の前から姿を消した。
 彼は追いかけてこなかった。

 もしあのとき追いかけてきてくれたなら、抱き締めて「前の彼女に嫉妬なんかしなくていい」ときっぱり応えてくれたなら、三葉はここまで追い詰められることはなかっただろう。
 職場に戻れば入院患者の大量の処方箋が積まれたまま三葉に押し付けられ、時間以内に片付けられずに嫌みをさんざん浴びる羽目に陥る。いくら三葉が新米だからとはいえ、あからさますぎる職場の嫌がらせだ。
 それもこれももとを辿ればぜんぶ整形外科外来担当の大倉医師のせい!

 溜まりに溜まったストレスが閾値を越えた瞬間、三葉は職場に辞表を叩きつけていた……


   * * *


 それから琉とは会わずじまいだ。携帯の着信は無視していたし、メールも「いまは距離をおきたいから」と職場を辞めたことだけほのめかして連絡を絶った。これで自然消滅するのなら仕方がないとも思った。なんせ相手は多忙なドクターだし、自分が姿を消したくらいでそう簡単にダメになるような男ではない。
 ……と、思ったのだが、現実は異なるらしい。
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