今宵も甘く咲く ~愛蜜の贄人形~
彼との距離がこんな具合に縮まったのは、キスの一件があってしばらく経ってから。叶が自分の留守の間を、時雨に任せるようになったのがきっかけだった。
 
『時雨、スズを頼むよ』

決まり言葉のように微笑み、あたしにはキスを落として出掛けてゆく。

時雨が近くに住んでいるのか、どこから来ているのかも知らない。ただ、彼が紙宝堂に姿を見せる日は叶がいない日。・・・気付けばそういう図式が出来上がっていた。

最初は距離を置いて時雨に近付かないように。別に警戒していたとかじゃなく、単にどう接していいのか判らなかっただけで。業を煮やしたのか、向こうがあたしに声をかけるまで、白白しい空気が漂い続けたと思う。

『鈴サン』

さん付けで名を呼ばれたのは久しぶりだった。そう言えば。叶はいつの間にかスズとしか呼ばない。

『・・・そんなに俺が怖いか?』

溜息雑じりに彼が言った。首を横に振る。

『じゃあ何を怖がってる?』

なにを・・・?

叶が望んでるものを受け容れても、自分で自分のバランスを保てるのか。・・・怖い。コワイ。思いきり逸らした目。

『イヤなら逃げろよ』

あたしの顎に手をかけ、上を向かせた時雨。

『死に物狂いで逃げてみろ』 
 
あたしは叶を愛してるの。
でも時雨を拒めないの。
これって何なの?

『逃げねーなら逃がさない。・・・一生な』

そう言ってシニカルに笑った。 
 
< 35 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop