気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!

メンタリスト、マリア。


 試合開始から、約30分が経とうとしていた。
 両者一向に引けを取らない。
 全てが互角だった。

 あの馬鹿力のミハイルと、同等に戦える人間……いや、女がこの世にいたとは。
 宗像先生はカウントしてない。あれは中身がオッサンだから。

「んぐぐぐっ……」
 ミハイルの額からは、たくさんの汗が流れ出る。
 それだけ、彼が本気だってことだ。
 対するマリアも同様だ。
 顔を真っ赤にして、相手の腕を倒すことに、全神経を集中させている。
「強いわね……」

 このままでは勝負が終わることがない……そう思っていた。
 だって、体格も力も全てが同じならば、引き分けしかない。
 持久戦だとして、スタミナでさえ互角なら、どちらも勝てるとは思えない。

 参ったなぁ、と後ろからミハイルを眺めていると……。
 マリアが苦しそうに話し始めた。

「あのね……良いことを、教えてあげるわ」
「は? 試合中だゾ……」
「あなた、あのブリブリ女のいとこでしょ? タクトの……小説で。あれが初めてのデートと、書いてあったけど。本当は違うわよ」
「なっ!?」

 マリアの言葉に一瞬だが、力を緩めてしまうミハイル。

「ど、どういうことだよ!?」
「本当の初めては……私よ」
 口角を上げて、怪しく微笑むマリア。

 そうか、マリアのやつ。
 力では勝てないと踏んで、心理戦に持ち込むつもりか。
 『初めて』を重んじるミハイルにとっては、辛いだろうな。

 
「はぁ!? タクトはアンナと初めて『しろだぶし節』の像で、待ち合わせて。それからカナルシティで映画を観て。“キャンディーズ”バーガーで食べた後、博多川でカノジョ候補になったんだゾ!」
 大きな声で過去を遡るのは、やめてくれるかな?
 クラスメイト全員が、聞いているんだよ。
 あと君は、いい加減に『黒田節の像』と覚えなさい。
「それ、全部。10年前にタクトが私へしたことよ? 小説の中でアンナは初めてだとか、喜んでいたからね……いとこに伝えておいて。『あなたは2番目よ』ってね」
 と意地悪くウインクしてみせるマリア。
「こ、このっ!?」

 怒りの余り、ミハイルは席から立ち上がりそうになる。
 しかし、試合中だということを思い出し、腰を下ろす。

 この間、彼の体勢は大きく崩れ、隙が生まれてしまう。
 マリアはこれを狙っていたのだろう。
 だが、まだミハイルに勝つには、更なる追い打ちが必要なようだ。

「あの作品でタクトが行ったデートのルートはね。私たちの定番だったわ。彼は、私という記憶を封印していたから、無意識のうちにやっていたみたいね」
「う、ウソだっ!」
「本当よ。疑うなら、タクトに聞いてごらんなさい。それとも、これから彼が描く『過去』を読んでみることね。そうすれば、真実だと分かるわ」
「そんな……」

 マリアのやり方は、汚い……だが、事実だ。
 逃れられない過去。
 10年前はミハイルやアンナなんて、いなかったから、ただの友達として付き合っているつもりだった。
 彼女からすれば、そういう風に見られても仕方ない。

 それに……マリアの言う通り、俺は無意識のうちに昔のデートをアンナにさせていたんだ。
 黒田節の像、カナルシティ、ハンバーガーショップ、博多川。
 全て、子供のころにマリアと初めて体験した場所。
 思い出だ。

 多分、マリアに出会っていなかったら、俺はあの場所へアンナを、連れて行くことはない。
 というより、そんな発想すら思いつかないだろう。


 対戦しているミハイルは、きっと大ダメージなのだろう……。
 だが、離れて見ている俺も何故か、心がえぐられるような胸の痛みを感じる。
 これは罪悪感……なのか。

「タクトは許してあげて。私以外、女の子との交流経験がないから。それで、私と似ているアンナを代用したのかも……ね。10年間、私を死んだと思っていたみたいだから」
 そうマリアが言い終える頃。ミハイルは項垂れて、黙り込んでいた。
 腕に力を入れるどころか、座っているのもやっと……というぐらい憔悴しきっていた。

「アンナは……おまえの、マリアの代わり?」
「そればかりは、彼に聞かないとわからないけど……。私からすると、そう見えるわね。もう私が日本へ戻ってきたのだし、代わりは要らないと思うのだけど?」
「いらない?」
「ええ、そうよ。もう私の代わりはいらないはず。だって、ちゃんと帰ってきたのだから、本当のメインヒロインがね」
「そ、そんな……アンナが。おまえの代わりだったのか……?」

 気がつくと、ミハイルの瞳からは、大きな涙がポロポロと零れ落ちていた。
 そして、試合中だというのに、視線をこちらに向けて、唇をパクパクと動かす。
 何かを俺に伝えたいようだ。
 しかし、ショックが大きすぎて、ちゃんと喋ることができない……。

「た、タクト……ウソでしょ?」

 子供のように顔をくしゃくしゃにして、泣き出すミハイル。
 俺はそんな彼を見て、胸に大きな矢が突き刺さったような激痛を感じた。

「ミハイル……すまん、本当のことだ」

 観客席から覇気のない小さな声で呟いた。
 正直、周りの生徒たちの耳にも聞こえたか、分からないほど。
 それでも、ミハイルは俺の表情を見て、なにかを悟ったようだ。

「アンナは……代わりだったの?」

 その時だった。バタンと何かが倒れる音がしたのは。
 マリアがついにミハイルの腕を、机へ叩き落としたのだ。
 時間はかかったが、心理戦は効果てきめんのようで、大ダメージを食らった。
 
「勝者、冷泉マリア! 女子部門の優勝者は冷泉だ!」
 
 宗像先生が試合終了の合図を叫んでいたが、俺とミハイルだけはずっと固まっていた。
 試合の結果に落ち込んでいるわけじゃない。

 俺たちの……アンナとの初デートが、2番目だったということが……。
 ショックだったんだ。お互いに。
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