「槙野だったら、何味にする?」
「きて」

変換もされていない、句読点も何も無い、たった一言。胸がザワつく。僕はすぐに通話をかけた。すごくドキドキしている。夏休みのお泊まりの時よりも多いコール音でヤヨちゃんは出た。

「もしもし…ヤヨちゃん?」

「まきのー。私の家、来れる?」

声が弱々しい。いつものヤヨちゃんじゃないってことくらいはすぐに分かった。理由を聞くこともまどろっこしくて僕は「分かった。」とだけ言って、通話を切った。
いつものTシャツとハーフパンツの部屋着のままだったから、外に出てもおかしくない程度の服に着替えて、財布と家の鍵だけを持って家を出た。

駅までの道がやけに長く感じる。朝方と夜はまだ冷える日もあるけれど、昼間は暖かい。今はTシャツだけで十分だ。走っているから暑くさえ感じる。夕方くらいになったら気温が下がり始めて、上着を持って来なかったことを後悔するかもしれないけれど、そんなこと今はどうだって良かった。

駅に着いて、通学の時の癖でポケットを探る。一回、肩で大きく息をついてから、僕は券売機の方へ引き返した。
財布と家の鍵しか持ってきていない。通学の時にいつも持っている通学定期券もICカードも、パスケースと一緒に通学カバンの中だ。

溜め息が出る…。急いで家を飛び出しても、こうやって無駄な時間を費ってしまっている。券売機で切符を買うくらい、ほんの少しの時間だけど、一秒でも早くヤヨちゃんの所へ行ってあげたかった。

切符を買っている間に、電車が一本発車した。僕はもう一度溜め息をついて、改札機を通った。
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