「槙野だったら、何味にする?」
くすんだシルバーみたいな色のドアノブ。たぶん、レバーみたいな作りになっていて、引くとカチャっと音がする。そのドアを引いて開ける。
ヤヨちゃんの家の匂いがした。柑橘系のフレグランスだろうか。玄関の下駄箱の上にアロマポットが置いてある。前に来たのは高一の時だった。
前はこんな匂いはしていなかったような気がする。

一年、と思った。これだけのことでも一年分は涼太との差がついていた。涼太はヤヨちゃんの家の玄関が柑橘系の匂いがするって、そんなことは当たり前みたいに知っているのかもしれない。

「おじゃまします。」

たぶん、絶対に、ヤヨちゃんには聴こえていないけれど一応小さく口にして、靴を揃えて玄関を上がった。ヤヨちゃんが突然僕を呼び出すくらいだから家族の人は誰も居ないことは分かっていたけれど、本当に居ないことが改めて分かると緊張してくる。

ヤヨちゃんの部屋は二階。階段をのぼって確か左の角。ゆっくりと階段をのぼる。一段一段、ヤヨちゃんに近づいていく。何段目かでキシッと音がした。教室の建て付けが悪くなったドアよりも小さい音。なんで僕は、教室のドアのことばかり気にしているんだろう。ソワソワしてどうでもいいことばかりを考えてしまう。
シン、とした空間に僅かに軋む音。背徳感すら感じるのはどうしてだろう。何にも間違ったことなんてしていないのに。
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