「槙野だったら、何味にする?」
十一月。卒業までもう半年もない。中学生の頃や高校生になったばかりの頃は、一日がもっと長く感じていた様に思う。高三になって、二倍くらい時間の流れを早く感じる。

今年の夏も相変わらず猛暑で、やる気なんてもちろん無かったけれど、自分が受験生だってことくらいは、こんな僕でも自覚は出来た。
去年の後悔だってちゃんと覚えていたし、受験を控えているから内申書に響いても堪らない。
僕は自分が自分じゃないみたいに夏休みの宿題を頑張った。今年は二学期に入って補修も受けなかったし、授業態度だってずいぶん改善されたはずだ。
体育以外は…。体育が受験に影響を与えるかどうかは分からない。影響は無いと願うしか、もう方法は無いけれど。

十一月に入って、今年は長く続いていた残暑が、ようやく終わったように思う。カラッと乾いた風が吹き始めて、教室も窓を開けていれば十分に涼しくなった。

「槙野!ペンキ貰って来たよ。」

大きいベニヤ板に向かって水色のペンキを塗っていた僕に、背後からヤヨちゃんが呼びかけてくる。振り向いたらヤヨちゃんが赤と黄色と白のペンキが入った缶を持っている。

「ありがとう。重たかったでしょ。」

僕はベニヤ板に走らせていたハケを握ったまま、ヤヨちゃんに笑いかけた。

「あー、槙野、ペンキペンキ。」

ヤヨちゃんが右手に白のペンキ缶を持ったまま僕の膝辺りに向けて振る。
膝を地面に付いてペンキを塗っていた僕は、ヤヨちゃんに示された膝を見た。
ジャージにポタポタと水色のペンキが垂れている。紺色のジャージに鮮やかな水玉模様が出来た。

「あー。まあ、ジャージだから良かった。」

あまり気にしていない僕に、ヤヨちゃんは「もー。取れないかもよ。」って呆れながら、僕の隣に膝を付いて、新品のペンキ缶を開け始めた。赤、黄色、白の新品のペンキのにおいが鼻をつく。

「ヤヨちゃんも気をつけてね。」

そう言ったけれど、ヤヨちゃんのジャージだってもう所々ペンキが付いていて、それを見て二人で笑った。
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