白火日の魔法使い

泉の森で

木漏れ日のさした森の木立に、私は腰かけた。
サワサワと木の葉が風に揺れる音を聞きながら、目前の大きく澄んだ泉を眺める。

私、ネアのお父様が治める国には、レリューナの森という名の大きな森と、その中に同名の泉がある。
この国では聖域とされる、関係者以外は立入禁止の場所なんだ。
私は国王の娘だから特別に……というわけではなく、たんに私が勝手に侵入していて。
(バレたらまた怒られるわね)
幼い頃、忙しいお父様に一度だけ連れてきてもらったこの場所が、私は大のお気に入りになっていた。

私は白くふわふわの髪を後ろにはらう。
ちらちら目につく白い髪。
まだ子供なのに……。
立ち上がり、水面を見下ろしたら、長い髪がまた、顔の横におちた。

「綺麗な髪だね」

えっ……。
驚いて振り向くと、見知らぬ少年が立っていた。
「誰!?ここ、立入禁止なんだけど……!」
言ってから、「しまった!」と思った。
立入禁止なのは私も同じなんだ。
バレた!
私があわあわと手をばたつかせていると、少年はふっと笑った。
白い肌に、深い紫色の髪と鮮やかな真紅の瞳。
信じられないくらいに綺麗な少年の笑顔に、私はどきりとして動きを止めた。
(この子、人形みたい……)
ぽーっと見とれていると、少年は私の髪に手を伸ばしていた。
私はハッとして手を振り払う。
「ちょっと、気安く触らないで。貴方誰なの?」
私は少し怖かった。
この森には魔力結界が張られていて、並大抵の魔力の持ち主ではここまで来れない。
(私は国王の娘で、特別な魔力がある。でも、この子は……一体どうやって)
少年は赤い目で私を見つめた。
いや、正確に言うと…髪を見てる?
「ふぅん。本当に白髪なんだ。おばあちゃんみたいだね。アハハ」
なっ。
「はぁー!?なんなの貴方。いきなり無礼なんじゃないの」
「僕はレイク。よろしくしてよ、ネア」
私はびっくりした。
どうして私の名前を知ってるのよ?
もしかして、私この髪のせいで有名人になってる?
「ねぇ、その髪の色、嫌いなの?」
「えっ…、べ、別に嫌いじゃないけど…。どうして?」
「僕だったら絶対気にするから」
………。
(何なのこの子は。失礼すぎるでしょ)
「そうよ気にしてるわよ!ほっといてよ!目立つんだもん……」
「ねぇ、あっちには何があるの?」
私の言葉を無視して、レイクはお城がある方向とは逆を指さした。
その方向を見ると、泉の近くの木とは違う種類の木々が、深く立ち並んでいる。

「……あっちは行ったことない。強い魔力が感じるから。パパからは危険な場所としか聞いてないけど」
私は視線をレイクに戻した。
(ん?)
先程とはうってかわって、レイクは無表情に森の奥を見つめていた。
どうしたんだろう、今まで明るい顔してたのに。
ひょっとして……。
「怖いの?」
「えっ?」
レイクが目を丸くして私を振り返ったら、サラサラでつややかな髪が揺れ、更に美しく見えた。
「怖いなら、もう帰ったら?ここが立入禁止の場所なのは、ただ聖域だからっていう理由だけじゃないと思うの。きっと、危険もあるのよ」
自分のことを棚に上げて、レイクを帰るよううながした。
だってもしもバレたら、私は大目に見てもらえるとしても、レイクはきっと何かしら罰を受けないといけなくなる。
そこまで重くはないだろうけど、罰金とか嫌じゃない。

でもレイクは、
「怖いって何で?」
と言いながら私の手を掴んだ。
ちょ、なによ。
「僕、聞いたことあるんだ。レリューナの森の奥深くには、王族以外の者が入ったら二度と出てこれないって。どうしてだろう?」
「は?そんなの、聞いたことながないわよ」
私は怪訝な顔をしてみせた。
「……?どうして怒ってるの?」
ああ、もう。会話にならない。
私はビシッとレイクを指さした。
「いい加減なこと言ってないで早くここから出なさいって言ってるのよ。貴方は暇なんでしょうけど、私は貴方と話してる時間なんてないの。私を誰だと思ってるの?この国のプリンセスよ!」
ツンと顔を上げ、高らかに宣言した私をみてレイクは黙った。
(あ、あれ)
もっと驚くと思ったのにその顔は無表情だった。
でも、次の瞬間。
その顔は静かに微笑んでいた。
(な、なに…?)
あまりの美しさと冷たさに、息が詰まる。
レイクは赤い唇を開いた。
「なめてるの?」
「え、ちが……」
しまった、怒らせた。
今までのレイクの態度が無邪気だったせいか、まさか怒るとは思っていなかった。
「僕は、君よりずっといろんなことを知っているんだよ。君が知らないこと、知りたいこと、たくさん知ってる」
そう、囁くように言った。
その途端、木漏れ日の森に、影が降った。
「僕を侮らないことだね」
「そんなつもりじゃ……!」
どばっと汗がふきでて、言葉が続かない。
レイクの気分一つで周りの空気が変わった。
そう感じるのは私の気のせい……?
怖い、かもしれない。
ここに入れた時点で、この子は普通じゃなかったんだ。
「ねぇ、あそこ、行ってみよう」
「え……?」
私の手首を掴んだまま、レイクはゆっくりと、
森の奥を指さした。
やっぱり。言われる気がしていた。
「なにしに行くの?」
私は困った。
これ以上こいつを怒らせたくない。
でも、森の奥には、流石に入れない。
あそこには、いっちゃいけないんだ。
規則を破ってばかりの私でも、こういう分別はちゃんとついている。
「一緒に行きたいんだ。君王族なんだろう?大丈夫、ちゃんと戻ってこれるよ」
「でも貴方はそうじゃないでしょ?それにあそこあたりに漂う魔力は普通じゃない。絶対危ないから」
お願いします、諦めてください!
私は切実にそう願った。
けれど、レイクは掴んだままの私の腕を引っ張って、
「早くー」
「ちょっ……!」
物凄い力でむりやり歩かされる。
せめてもの抵抗に炎で攻撃してやろうかと思ったけど、怪我させたくはなかった。
そもそもこの子は私よりも強い。
魔力のコントロールができず、一定の力を封印されているというダメダメな私はこの得体のしれない子にきっとかなわない。
「す、すぐ帰ろうね~」
私は情けなく森の奥へと引きずられていったのだった。

❦ ❦ ❦

森は、思った以上に暗かった。
足場が悪い上にレイクが引っ張るから余計に歩きにくい。
「レイク、自分で歩くから離してよ」
「危ないから、僕につかまってたほうがいいよ」
(……つかまってるというか、掴まれてるんですけど。余計に危ないと思う……)
私は何度も転びそうになりながらも黙って歩いていた。
やがて、霧がたちこめてきて、足場が見えなくなってきた。
(だいぶ深くまで来たみたいだけど、なにもないよ)

「ねぇ、もういいでしょ?」
「もう少し奥へ」

前を向いたまま、レイクはそう言った。
「ちょっと、どこまで行くの?」
「もう少し奥へ」
レイクは同じことを繰り返す。

霧が深くなってきて、レイクの姿はもう見えない。
立ち止まろうとしたけど、私を引っ張る力は強く、振りほどけない!
それなのに、何故か腕を掴まれている感覚もなくなって。
「いやっ!なんで!?」
パニックになって、私の腕を掴むレイクの手を確認しようと腕を伸ばした。
「えっ……!?」

手などなかった。
いつの間にか、私は一人で歩いていたー!!
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