運命の推し
「そういえば」
と美加子は言う。
「そういえば、父さんって苦労人だったっけ?」
唐突な質問だと思ったけれど、
「そうよ。つらい時代を生きたもの」
と、私は静かに答えた。
お父さんは。
私と出会う前の、子どもの頃の話をあまりしなかった。
1度だけ、私に話してくれたこともあったけれど。
つらい経験を娘たちには言わなかった。
いつもニコニコ笑っていたけれど。
お父さんの瞳は、時々。
本当に悲しくて、寂しい色に染まっていた。
家に着くと、私はまず日向の部屋に向かった。
「日向、帰ったわよぅ」
部屋のドアをノックして、声をかける。
パタパタとドアの向こうで足音が近くなってきた。
カチャ。
ゆっくりドアが開き、日向が顔を見せてくれる。
「笑子ばあちゃん!」
満面の笑みで、私を迎えてくれた。
「日向、良かったらリビングまで来れる?」
美加子の質問に、
「いいよ、行く」
と日向は頷いた。
「みんなでお茶でも飲みましょう」
美加子はそう言って、先に台所へ向かう。
「大丈夫?」
私は日向に聞いてみる。
日向はニッコリ笑って、
「ありがとう、大丈夫」
と言った。