愛しているので離婚してください~御曹司は政略妻への情欲を鎮められない~

 一週間ぶりのマンション。
 少し緊張してドアを開けた。

 綾星さんからの返事は【了解】とあっただけ。

 来なくていいとは書いてなかったので気にする必要はないのだけれど、主のいない他人のマンションにこっそり入るような気まずさが疼く。

 小声で「おじゃまします」と言って玄関を開けた。
 特に変わった様子はない。
 廊下を進むも出て行ったあの時のまま、空気さえ動き忘れたように静まり返っている。

 とりあえず、まっすぐ〝元〟私の部屋に向かう。

 換気のために入り口やクローゼットの扉を開けていったけれど、あの時のままに開いていた。 
 ベッドの上の畳んだ布団も、ドレッサーの上に置いた通帳とカードも忘れ去られたように鎮座している。 

 キッチンに戻ると、ミントも無事捨てられてはいなかった。忘れないように、用意した袋に入れてバッグにしまう。

 お願いしたはずの離婚届は見あたらない。

 どうしたのだろう。
 もしかすると取りに来ると聞いて急いで提出してくれたとか? それならいいけれど。

 気を取り直して、リビングを見回した。

 コレクションボードの中にあるフォトフレームもそのままになっている。
 入っている写真は二枚。結婚式と、お見合いの時の写真だ。

 普通は見合いの席での写真なんて置かないだろうけれど、私たちにはふたりきりで撮った写真が他にないから入れておいた。

 私ひとりの写真ではないし、どうしたらいいのかわからなかった。
 今も答えは出ない。
 捨てるなり燃やすなり綾星さんに一任しようと思う。
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