【完】鵠ノ夜[上]



前に付き合っていた人とひさしぶりに会って。

普通に会話して、なんだかちょっと切なくなって、寂しくて、一人で部屋に戻るのが嫌だった。だからそのまま部屋に押しかけちゃっただけ。



「……雨麗様」



こうなるって、たぶん、頭で分かってた。

分かってたけど逃げなくて、実際こうなってる。慣れないドレスはさっさと脱いでしまいたかったから、脱いだか脱がされたかっていう、ただそれだけの違い。



ここ最近、みんな夜中に部屋に来たとき、暑いって言ってたけど。

確かに暑い。羞恥心はあんまり感じないのに、触られ慣れてないところに触れられるとドキドキする。



「痛かったら言ってくださいね」



「ん……だいじょうぶだと、思うけど」



もう、後戻りできないところまで来てる。

甘えるような媚びた声が、本格的に甘ったるく滴るようになって、部屋の密度を上げていくみたいに。




「っ、」



くちびるをついて出るのは、言葉になりきれない途切れ途切れの声ばかり。

憩は「お前と相性悪くない」って言ってたけど、櫁はどうなんだろうか。兄弟だからって、性格まで似てくるわけじゃないんだし。



本邸の大半は和室だけど、稀に洋室があったりする。

小豆……櫁は、部屋の関係で自室が洋風だから、部屋にあるのは布団ではなくベッド。



スプリングの軋む音をどこか遠くに聞きながら、力の入らない指でシーツを掻く。

ぽろっと涙がこぼれ落ちて、霞む視界で彼を見上げて。頭では憩ではなく櫁なんだと、理解しているはずなのに。



「雨麗様、」



「っ、……憩、」



溢れたのは、やっぱり。

どうしたって忘れられない、彼の名前だ。



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